2010/09/30

Umpolung Direct Arylation Reactions

James J. Mousseau, Frdric Valle, Melanie M. Lorion, and Andr B. Charette*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja107541w

クロスカップリングの二つの基質のうち一方をC-H結合で代替することで活性化工程にかかる手間や廃棄物を低減させるDirectArylationはしばしば位置選択性が問題となるため、配向基を利用することがよくあると以前にも述べた。そのため、多くのDirectArylationではアリールハライドと配向基を有する芳香環の組み合わせで反応を行うことになる。本報告ではベンゼンなどの特に活性化基を有さない芳香環と、オルト位に配向基を有するアリールハライドとの反応という、通常とは逆の形式の反応について記載している。

著者らは、シンプルな芳香族として過剰量のベンゼンを用いて検討を介している。最適条件においては5 mol%の酢酸パラジウムと0.51当量の炭酸銀を用いて120度に加熱することで良好な収率でフェニル化された目的物を得ることに成功している。配向基としてはルイス塩基性が重要であり、フェニルケトン、ジメチルアミド、エステルなどさまざまなものが利用可能だ。またハロゲンがオルト位以外の位置に存在する場合は20時間で収率が10%以下であり、反応が極めて遅くなるようだ。アレーン側の一般性は意外と高く、オルトキシレンやジメトキシベンゼンのような電子豊富なものから、トリフルオロベンゼンのような電子不足アレーンまで中程度から良好な収率で反応が進行している。


この手の反応においてよく見られるように、本反応でも酢酸アニオンと炭酸アニオンの共存が重要であるようだ。また速度論的同位体効果が見られたことから、C-H活性化の段階が律速段階であるとの知見を得ている。反応機構としては酢酸パラジウムが単純アリールのC-H活性化によりアリールパラジウム種を生成、銀イオンの補助を経て酸化的付加を行い、還元的脱離を行うというパラジウムの2価-4価のメカニズムを著者らは提唱している。

反応としては変わっているものの、利用するとなるとポイントが難しいというのが正直な感想だろう。例えば、上で記したトリフルオロベンゼンのボロン酸は分解が速いことが知られているので、安定なアレーンを基質として良好な収率でカップリング体を与える本反応は鈴木カップリングの代替反応になりえると考えられる。

2010/09/27

Alkene Syn Dihydroxylation with Malonoyl Peroxides

James C. Griffith, Kevin M. Jones, Sylvain Picon, Michael J. Rawling, Benson M. Kariuki, Matthew Campbell, and Nicholas C. O. Tomkinson*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja1066674

オスミウムによるアルケンのジオール化は簡便な操作と高い基質一般性から有機合成において頻用される反応であるが、オスミウムに高い毒性があることなどから代替手法の開発が望まれているといえる。本報告ではマロン酸由来の環状過酸化物を用いて、温和な条件によりアルケンのシスジオール化を達成している。用いている過酸化物は容易に調製可能、ある程度の安定性もあるとのことで有用な試薬であるように感じられる。

金属フリーの酸化反応として、著者らは安定性が高いと考えられるマロン酸由来の過酸に注目して検討を行った。その結果、1.2当量の過酸化物と1当量の水を用い、40度に加熱する最適条件においてエステルの位置異性体混合物を高い収率で与え、加水分解を行うことで目的のジオールと試薬由来のジカルボン酸を得ることに成功した。後者は1工程、高収率で再び過酸化物へと変換することが可能のようだ。様々な基質を用いて反応を行っており、高収率で対応するジオールを得ているが、アルケンとしてはスチレン型のものが多い。また1,2-二置換アルケンを用いた場合にはcis-ジオールを選択的に与えている。


著者らは試薬リンカー部位をシクロプロピルからシクロペンチルまで種々合成しているが、反応性が最も高いものはシクロプロピル置換の試薬であった。X-rayによると5員環部は平面構造を取り、酸素-酸素結合距離はどの試薬もほぼ変わらないものの、二つのカルボニル炭素と、間の炭素との角度(CO-C-CO angle)がシクロプロピルでは大きくなり、試薬の歪みが増し、反応性が増加すると著者らは主張している(少し理解しにくいように感じる)。反応機構は取得した中間体、および酸素ラベルしたH2Oの使用により、オレフィンの酸素への攻撃と、続く分子内巻き込みによる5員環オキソニウム種の生成を想定している。

本反応は空気や湿気に安定で、調製も容易、後処理によって試薬由来の副生成物をを除去可能という操作上の簡便さも魅力的に思える。現在は触媒化に向けた研究を行っているとのこと。シクロプロピル環に不斉点を導入した程度では不斉化は難しいだろうが、不斉化への展開にも期待したい。

2010/09/21

Ni-Catalyzed Reduction of Inert C−O Bonds

Paula lvarez-Bercedo and Ruben Martin*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja106943q

アルキルハライドへの酸化的付加を経て進行するクロスカップリング反応と比べて、DirectArylationでは望みのC-H結合をどのように反応させるかが課題となる。そのため、現状では多くの反応例でペンタフルオロベンゼンのように反応点を1つに絞った基質や1,4-ジメチルベンゼンのように対称性をもつ基質を用いている。反応点を制御する他の方法論として、アルコキシ基やアミド基への配向性を利用して、オルト位選択的に反応させる方法論がある。後者の方法では、位置選択性は望み通りに進行することが多いが、目的物に配向基が不要な場合には問題となる。そこで反応後に除去可能な配向基の利用という研究の流れがあり、すでにカルボン酸などで実現されている。本報告はメトキシ基を除去する反応に関するもので、これによりオルト位の官能基化と続くメトキシ基の除去という流れが可能となる。

著者らはテトラメチルジシロキサン(TMDSO)を還元剤、PCy3を配位子としてニッケル触媒を用いると、ナフチルメチルエーテルの脱メトキシ化が進行することを見いだした。種々の基質に対して検討を行ったところ、傾向としては、1) ナフチルと比べてアニソール型の基質は反応性が低い、2) オルト位にピリジンやオキサゾールなど配向基がある場合の方が反応性が高い、3) 基質によってはベンジルメチルエーテル型も除去可能、4) EtO/MsO/TsO/PivOなどは反応性が劣る、といったものがあげられる。特に上記2)の特性は、chemoselectivityを出す上で有用だろう。著者らは本手法をキニンやエストラジオール誘導体へと適応しており、複雑な構造を有する分子にも適応可能なようだ。


対照実験から生成物に組み込まれる水素原子は還元剤由来であることを確認しており、反応機構としてはニッケルのC-O結合への挿入、Si-Hとのσ結合メタセシス、還元的脱離というものを提唱している。本反応のポイントはやはりケイ素系還元剤を用いたことで、強いケイ素-酸素結合の形成という駆動力を得られる点だろう。また律速段階はニッケルによる挿入段階であると思われる。

先に述べたようにインドールなどのように反応点が予測しやすい場合を除くと、DirectArylationではその性質ゆえに位置選択性の問題がつきまとうことになる。そういう面ではこういった研究の積重ねが実用的反応への歩みを進めることになると考えられる。
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ナフトール塩を用いたクロスカップリング反応

2010/09/13

Selective C-4 Alkylation of Pyridine by Nickel/Lewis Acid Catalysis

Yoshiaki Nakao*, Yuuya Yamada, Natsuko Kashihara, and Tamejiro Hiyama*†
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja106514b

ピリジンの遷移金属によるC-H結合の活性化は、窒素原子の配向性もあって通常2位選択的な官能基化が実現される。これは裏を返すと3位や4位選択的な反応は難しいことを意味する。本報告は嵩高いルイス酸とニッケル触媒の組み合わせにより、4位選択的なアルキル化を実現したというものだ。

著者らはすでに2位選択的なピリジンの官能基化には成功している。金属が窒素に配位しながら2位を官能基化するような系とは異なり、著者らの系はピリジン窒素の選択的活性化とはニッケル-アレーン様錯体を経て、ピリジン2位の官能基化を実現していることから、条件を調節することで3位や4位選択的な官能基化が可能なのではないかと考えたようだ。検討の結果、嵩高いアルミニウムルイス酸としてMAD、またニッケル上の配位子も嵩高いNHC型のものを用いることで、ピリジンとアルケンによる4位選択的アルキル化が進行することを見いだした。基質によってはニッケルの挿入段階に由来する直鎖/分岐鎖型の生成物の比が異なるものの、多くの基質で直鎖アルキル体選択的に生成物を得ている。この反応は様々なアルケンに適応可能で、ピリジン上の2位や3位に置換基を有していても望みの反応が進行している。キノリンのように共役系の範囲が伸びているものでも窒素原子のパラ位選択的にアルキル化が進行しているのは興味深い。


d5-ピリジンを用いた反応機構解析から、ニッケル-ピリジン錯体からのC-H官能基化はC4位が速度論的には有利であるものの、C2、C3でも起こりうることが明らかとなった。しかし、その後のアルキル基の挿入段階/還元的脱離段階が後者では立体的要因などから進行しないとことからC4位体のみが得られてくるようだ。また山本尚先生の研究ではMADは触媒的に用いるのには難しい印象を受けるが、著者らはMAD/ピリジン/生成物間における混合NMR実験により平衡を確認しており、MADの触媒サイクル機構が妥当であるとしている。

ピリジン環の2位以外の官能基化は、選択肢が少ないのが現状なので、このような反応の開発は素直に嬉しい。反応機構からの仮説により嵩高い触媒の利用を想起し、それを形としてまとめあげた本研究は美しいと言えるだろう。結論部にも記されているが、今後の動向として3位選択的な反応が実現すればさらに有用性が増すのは間違いない。

2010/09/11

Pyridine Activation via Copper(I)-Catalyzed Annulation toward Indolizines

Jos Barluenga*, Giacomo Lonzi, Lorena Riesgo, Luis A. Lpez, and Miguel Toms*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja106751t

多環式複素環化合物は医薬、農薬、材料など各種分野で用いられる骨格であり、なかでもイミダゾピリジンやインドリジンなど橋頭位に窒素原子を有する化合物は魅力的である。本報告ではジアゾ酢酸と銅触媒から生成した銅カルベノイド種とピリジン誘導体との[3+2]型環化反応によりインドリジン誘導体を合成する反応に関するものだ。

まず触媒量の臭化銅(I)存在下、ビニルジアゾ酢酸エチルとピリジンとの反応を行ってみた所、34%ながら目的とするインドリジンが得られた。ある種のインドリジン誘導体は不安定で、シリカゲルにより分解することが知られているため、生成物の安定化を考えてイソプロピレンジアゾ酢酸エステルとの反応を試みた所、メチル基置換体が90%の収率で得られた。また遷移金属カルベノイドとしては一般的なRh2(OAc)4の利用ではまったく反応が進行しないとのことだ。


各種基質を用いて反応を行ったところ、ジアゾ酢酸エチル側の置換基はβ位、γ位、置換基なしの順に収率が低下する傾向にあることがわかった。またピリジン上の置換基は電子吸引基はよいものの、メトキシ基やジメチルアミノ基のような電子供与基では複雑な反応混合物を与えてしまうとのこと。3位置換ピリジンの位置選択性は気になる点だが、3-ニトロピリジンや3-シアノピリジンなどでは置換基のパラ位から巻き込むのに対し、3-メチルピリジンでは置換基のオルト位から巻き込んでいる。ハロゲン置換でも低いながらも後者の選択性を示しており、電子的な要因や金属との配位能をはじめ複数の要素が影響していると思われる。

著者らは反応機構として以下のようなものを提唱している。すなわち、1) ジアゾ酢酸と銅触媒から銅カルベノイド種が生成、2) カルベノイドへのピリジン窒素からの1,4-付加、3) 生じた中間体からピリジン環への巻き込みが起こり銅(III)メタラサイクルの生成、4) 還元的脱離による銅(I)-π中間体の生成と酸化的芳香族化を経て目的物の生成と触媒の再生が起こる、というサイクルだ。さらに計算により1) ピリジン付加の段階が律速である、2)還元的脱離後に生じる中間体は速度論的/熱力学的に安定なものである、 という2つの結論を得ている。

副生成物にもよるが、著者らの主張ではピリジンによる付加が律速であることと、電子供与基置換の基質ではよい結果を得られていないことに違和感を感じる。また生成物の不安定性から仕方がない部分もあるが、収率が低い基質では結局置換基の性質によって反応性が低いのか、生成物が不安定なのかがわかりにくいのも気になる点だろう。

2010/09/07

Acetoacetanilides as Masked Isocyanates

Ying Wei, Jing Liu, Shaoxia Lin, Hongqian Ding, Fushun Liang*, and Baozhong Zhao
Org. Lett., DOI: 10.1021/ol101474f

ウレア構造は農薬や医薬品に頻繁に用いられる構造であり、ホスゲン(トリホスゲン)やイソシアネートとアミンを混合することで合成することが多い。本報告ではアセチルアセトアニリド構造から系中でアリールイソシアネートを生成させることでアミンとのウレア結合形成を行うというものだ。

本反応の発端は、著者らが研究していた、1,1-ジアシルシクロプロパンのアミンによる開環反応を検討していた所、予想していなかったウレア体が生成したことによる。そこで様々な基質を試した結果、1) β-ケトアニリド構造が必要、2) アニリド窒素上に水素原子が必要、ということが判明した。また反応条件を検討した所キシレン中で120℃に加熱することで高収率でウレア体が得られることがわかった。

基質一般性の検討を行った所、アニリド部位は電子供与基、吸引基ともに高収率でウレア体を与え、2-ピリジルのようなヘテロ芳香族でも問題なく進行している。一方でベンジルアミド誘導体では反応が進行していない。アミンとしてはピペリジン、モルホリンのような環状2級アミン、ジエチルアミンのような鎖状2級アミン、ベンジルアミンやアニリンのような1級アミンでも良好な収率で反応が進行している。唯一アンモニア(酢酸アンモニウム)を用いた場合には無反応に終わっている。また他の求核種としてアルコールやチオールを用いた場合にも反応は進行していない。


現段階では他の反応機構の可能性も考えられるが、β-ケト構造とアニリド上の水素が必要という事実から著者らは、アミンによるイミニウムイオンの形成、続いてエナミンが脱離しつつイソシアネートが生成するメカニズムを提唱している。脱離したエナミンは再びアセトンとアミンに戻り、生じたアミンがイソシアネートを捕捉することになる。

役に立つかどうかは疑問だが、混ぜて加熱するだけのお手軽反応であるし、おもしろい反応性を示していることは確かだろう。上述したように、もう少し反応機構を詰めるとさらなる展開が見えてくるかもしれない。個人的には脱水剤の併用、カルボニル炭素のラベル化、NMR実験などに興味があるところだ。

2010/09/06

N-Heterocyclic Carbene-Catalyzed Conjugate Additions of Alcohols

Eric M. Phillips, Matthias Riedrich and Karl A. Scheidt*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja1061196

α,β-不飽和カルボニル化合物へのオキシマイケル反応は、原料のオリゴマー化やレトロマイケル反応などが起こりやすいことから、難しい反応の一つだ。本報告ではブレンステッド塩基としてNHC触媒、添加剤としてLiClを用いることでこの反応を実現している。

反応条件の検討に当たり、市販のIMes-HClを触媒として塩基の検討から開始したところ、nBuLiを塩基としてカルベンを発生させた場合が最も収率がよいことが明らかとなった。添加剤として12-crown-4を加えたところ収率が低下したことから、Li源としてLiClを積極的に加えたところ収率が格段に向上した。そこで本条件を用いて基質一般性の検討を行うこととした。

アルコールの一般性としては脂肪族1級アルコール、2級アルコールともに良好な収率で1,4-付加体を与えることがわかった。Boc-セリン-tBuのような官能基を有するアルコールも収率よく目的物を与えるものの、ジアステレオ選択性はほぼ1:1にとどまっている。マイケルアクセプター側の一般性としては、アリールケトン以外にアルキルケトンやエステルに対しても適応可能だ。非常に自己重合を起こしやすいメチルビニルケトンに対しても中程度の収率ながら目的物を得ているのが特筆すべき点だろう。またβ位に芳香族が置換した基質では目的物が得られないとのことだ。アルキニルケトンとの反応ではE選択的に目的物を得ることに成功している。


NHC触媒自身も1,4-付加する可能性はあるものの、著者らはNHC触媒はブレンステッド塩基としてアルコキシド生成に関与している反応機構を提唱している。LiClはルイス酸としてエノンの活性化に働いている他、マイケル付加により生じたエノラートの安定化に寄与していると考えているようだ。また交差実験により、本反応条件においてはレトロマイケル反応は起こっていないことも確かめている。温度を70度まで上昇させると、レトロ反応が観測されることから、本反応条件の温和さが示されていると言える。

なおキラルNHC触媒を用いた本反応の不斉化については、分子内反応において11%eeを得るにとどまっており、有意な不斉収率ではあるものの、まだまだ改良が必要のようだ。