2010/06/04

Palladium-Catalyzed Arylative Ring-Opening Reactions of Norbornenols

Michael Waibel, Dr., Nicolai Cramer, Dr. *
10.1002/anie.201001752

クロスカップリングなどの遷移金属を用いた反応では、金属ー炭素結合をどのように形成して反応に用いるかが一つのポイントとなる。古典的クロスカップリングでは例えばアリールーハロゲン結合への酸化的付加を起点とした反応であるし、近年進歩の著しいC-H活性化反応では文字通り炭素ー水素結合の切断が鍵となる。これら手法の他にも、教科書に記されているようなβー炭素脱離を用いた反応も一つの選択肢となる。特に立体的に歪んだ3級アルコールを用いた反応は多くの例が知られている。

本報告では対称ノルボルネンを用いて、3級アルコールを起点とした開環を伴い、アリル金属種を発生させている。生じたアリルパラジウム種は様々な反応経路を取りうるが、反応条件によりそれらを制御している点と、キラル配位子を用いた不斉非対称化反応に関しても初期結果を報告している点がポイントだ。

反応全体の流れは下図のようになる。臭化アリールに酸化的付加をした2価パラジウム種がアルコール部位とオレフィンとの2座配位をとりながら開環反応が起こる。生じたアリルパラジウムは1)還元的脱離、2)β脱離の後芳香族化、という二つの経路が考えられる。これらの反応経路は用いるリン配位子により制御可能であり、S-Phosを用いる事で1割以下にまで抑えることができた。またo-ブロモアニリンを基質として用いる事で反応後に閉環しイミニウムを生じさせ、条件を選ぶ事で酸化的にキノリンを、還元的にテトラヒドロキノリンを得る事に成功している。



また本反応は対称な基質を用いているので、キラル触媒を用いる事で不斉非対称化が可能である。論文の最後に不斉化に関する検討も記載している。TADDOLを母骨格とした配位子を用いて64%eeという結果を得ている。まだまだ改善の余地を残すが、このサンプルは一度の最結晶により92%eeにまでは光学純度が向上するようだ。

本研究は大嶌先生らの報告がタネになっているようだが、中々うまくデザインするものだと感心した。不斉化については基質も特殊だし、色々検討したけれど数値が上がらなかったのだろうなと苦労がにじみでている論文だ。

2010/06/02

Iron-Catalyzed, Directed Oxidative Arylation of Olefins with Organozinc and Grignard Reagents

Laurean Ilies, Jun Okabe, Naohiko Yoshikai† and Eiichi Nakamura*
DOI: 10.1021/ol1009448

鉄を用いたクロスカップリング反応は近年注目を集めている分野である。オレフィンとアリール金属とのHeck型の反応は従来はパラジウムやロジウムといった後期遷移金属を触媒として用いる例が大半であったが、本論文では鉄触媒を用いる事でHeck型生成物を得ることに成功した。
本報告の肝は、ピリジン窒素をdirecting groupとすることによるオレフィン部位のC-H活性化反応であろう。これによりオレフィンが活性化され、系中で生成した有機亜鉛試薬との反応が進行していると考えられる。その後に鉄触媒がβ脱離することで目的とするHeck型生成物が得られている。



このC-H活性化であるが、オレフィンとピリジン環とのリンカーをSiMe2としているところがポイントだ。配位基のないスチレンでは当然の事、酢酸ビニルのような酸素原子でも反応は進行せず、窒素であっても例えばビニルピリジンでは反応がうまくいかないようだ。このことからシリコンのリンカーを挟む事で鉄触媒の原子半径にうまくフィットしたメタラサイクルが形成可能になるのだろうと推測される。そのため最適条件下においても有機金属種の一般性を確かめるものが中心で、唯一キノリン型でも反応が進行する事を見いだしたようだ。
ポイントの二つ目は、酸化剤の利用により副生成物の飽和炭化水素の生成を抑えた点だろう。この副生成物は、β脱離により生じた鉄ヒドリド種由来であると考えた事から、鉄ヒドリド種のトラップ目的で種々の酸化剤を試したようだ。結果としては1,2-ブロモクロロエタンを利用するのが最適であったようだ。

本反応は前述したように適応基質がかなり限定されてしまっているが、シリル部位はさらなる官能基変換に使えるだろうし、なにより(恐らく)リンカーの調節により反応を最適化した点に努力が伺える論文だろう。用いる有機金属種の当量が多めであるなどの難点もあるが、さらなる魅力的な反応につながりうる研究だと感じた。

2010/06/01

An Organocatalytic Asymmetric Nazarov Cyclization

Ashok K. Basak, Naoyuki Shimada, William F. Bow, David A. Vicic and Marcus A. Tius*
DOI: 10.1021/ja103028r

酸性条件下、協奏的環化反応によりシクロペンテノンを合成するNazarov反応は近年再注目を集めている反応だ。既存例の多くは環状システムに組み込まれた基質を用いて、オレフィンの幾何異性を固定化したうえで環化させることが多く、鎖状型の基質では立体選択的に反応を制御する事は難しいとされてきた。本報告では基質をβ-ケトエステル型にすることでエノールへと容易に移行し、かつ幾何異性を制御しやすいような工夫をこらして、これらの問題を克服している。

著者らはさまざまな酸性条件下でαーケトエノンが分子内環化を経てシクロペンテノンを形成する反応を見いだしていた。この反応は分子内マイケル付加とも考えられたけれども、以下の2つの理由により、彼らはNazarov反応型だと考えた。まず第一に5-endo-trig型の分子内環化はBaldwin則で禁制であること。第二に通常なら反応性が低下するような置換基のついたエノラートにおいて反応が促進されることだ。これらのことから、エノン側のカルボニル基を活性化しつつ、ケトン部位をエノールへと互変異させるような機能を有する触媒を用いれば、反応が促進されるだろうと考えた。




なかでもチオウレア型の有機分子触媒に注目して、各種検討を行ったところ反応時間は極めて遅いものの65%収率、90%不斉収率で望みの環化体を得た。注目すべき事にジアステレオマーは観測されなかったことから、デザイン通りにエノールの幾何異性が制御され、環化が進行している事が示唆される。

反応時間が2週間や3週間と極めて長い事に関して、著者らは生成物の触媒阻害が原因であるとしている。生成物が系中で沈殿してくる基質においては、4日程度で80%以上の良好な収率で反応が進行するという事実もこの仮説を支持しているだろう。また触媒作用点と不斉点が遠い点については、著者らは触媒の不斉点が結合の軸不斉へと転写されることで不斉誘起が実現しているのではないかと仮説を述べている。

難しいNazarov反応で良好な不斉誘起を実現した点はすばらしい。反応時間の促進に関しては、ルイス塩基の添加などにより生成物ー触媒の相互作用を解離させるような工夫が必要だろう。