2010/06/29

Enantioselective Synthesis of Planar Chiral Organonitrogen Cycles

Katsuhiko Tomooka*, Kazuhiro Uehara, Rie Nishikawa, Masaki Suzuki and Kazunobu Igawa
10.1021/ja1024657

含窒素9員環でジアリルアミン構造のものは室温での反転が遅く、面不斉を持つ(らしい)。従って、前駆体の閉環反応においてキラル源を用いた分子内閉環反応を行うことで不斉誘起を起こすことが可能だ。本論文はこのような珍しいタイプの反応でキラル9員環合成に成功したものである。これまではキラル9員環はラセミ体の分割により得ており、そこから各種キラルビルディングブロックへと誘導していることから、見慣れない生成物であるがその有用性は間違いないだろう。

前駆体としてはTs-アミドを求核部位、臭素原子を求電子部位として分子内環化反応を検討した。最初の検討ではシンコナアルカロイド誘導体を用いて、求電子部位の活性化を行ったところ、最大37%eeの不斉誘起にとどまった。そこで糖由来のリチウムアルコキシドを用いて求核部位の活性化を試みたところ、2当量以上のキラル源を用いた際に収率、不斉収率ともに最もよい値を得た。



本反応の適応基質は二つだけで、しかも一つは不斉収率もさほど高くない。さらに糖由来で再利用可能とは言えキラル源を当量以上用いているなど、率直に言えば不満点も多い論文だろう。しかし生成物は各種官能基化された物質へと変換可能で合成化学的には有用で、さらに類似の報告例がないことから本研究の価値は高いのではなかろうか。

2010/06/27

Full Chirality Transfer in the Conversion of Secondary Alcohols into Tertiary Boronic Esters and Alcohols

Viktor Bagutski, Dr., Rosalind M. French, Varinder K. Aggarwal, Prof. *
10.1002/anie.201001371

不斉4置換炭素の構築は、原理的に不斉水素化反応を用いて直接構築することは不可能であり、立体的に嵩高い炭素部位にさらに炭素骨格(または酸素や窒素)を導入することが必要となる。そのため、近年発展の著しい触媒的不斉合成の分野においても、炭素ー炭素結合形成と不斉導入を同時に行う反応では、収率、不斉収率ともに改善の余地を残すものが多い。一方で、不斉補助基を用いた既存の不斉点を利用する反応形式ではすぐれたものも多数報告されている。

本報告では、キラル2級アルコールがアリールアルキルケトンの不斉水素化反応により容易に調整可能であることを着眼点として、不斉点を維持したままアルキル基を導入するという反応だ。オリジナルは既に2008年にNature誌に報告しており、本論文では条件の改良により、当時の系では満足のいく不斉収率を得ることができなかった基質でも高い不斉収率にて目的物を得ることができたと報告している。

反応の全体像は以下の通り。1)カーバメートとのキレーションによるsec-BuLiを用いたプロトン化、2)不斉を維持したままピナコールボランとのアート錯体形成、3)ホウ素上のアルキル基の1,2-転位とそれに伴うカーバメートの脱離、以上の工程を経てキラル3級ホウ素化合物が生成する。これを酸化的にアルコールへと変換することで、3級アルコールの合成が完了する。

種々の実験により、著者らは2)と3)の工程における平衡がee減少に重大な寄与をしていると結論づけた。すなわち、アート錯体形成後に昇温することで転位が起こるが、基質によっては転位よりもアート錯体の解離が速やかにおこるものもあり、昇温下でのリチウム種が反転することでeeの低下へと繋がるというものだ。



そこで検討を重ねた結果、臭化マグネシウムとメタノールの組み合わせがよい影響を与えることが明らかとなった。ここでは、臭化マグネシウムはルイス酸としてカーバメートに配位することで1,2-転位を促進させ、メタノールはアート錯体の解離により少量生じたアルキルリチウム種のプロトン化を行っていることになる。

3級ホウ酸エステルは前述した通り、3級アルコールへの魅力的な前駆体であるが、本反応で用いたピナコール誘導体では、酸化反応が遅いためにone-potによる酸化的開裂ができず溶媒をエーテルからTHFへと変更する作業が必要になってしまうようだ。筆者らは立体的により小さなネオペンチル型のホウ酸誘導体を合成することで、酸化がはやく、さらに上記の臭化マグネシウム/メタノールの添加を経なくとも高い不斉収率を達成することができたとも報告している。

このように酸化段階で難のあるピナコール型と、試薬調整段階で難のあるネオペンチル型と二つの条件を報告しているが、市販されている試薬類の豊富さからも前者に分があるように感じる。
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前報のNatureの報告:この論文では、用いるホウ素試薬をホウ酸エステルとアルキルボランに分けることで、得られる成績体の絶対配置が異なることをウリにしている

2010/06/25

Carboxylation of C−H Bonds Using N-Heterocyclic Carbene Gold(I) Complexes

Ine I. F. Boogaerts and Steven P. Nolan*
DOI: 10.1021/ja103429q

オキサゾールの活性プロトンはブチルリチウムなどの強塩基で引き抜くことが可能で、求電子剤との反応などに用いられる。本報告はAu-NHC錯体を塩基触媒として用い、CO2雰囲気下で挿入を行わせ、カルボン酸を得る反応に関するものだ。上述の両論量の強塩基を用いる方法論では生じる塩廃棄物量という点で、遷移金属触媒とボロン酸などを用いる既存方法と比べた場合には基質を事前調整する必要がない点で有利な点ということになる。

Au-NHC錯体は電子不足芳香族のC-H結合を活性化することは既に報告されていたので、pKaから考えてオキサゾールのC-H結合も活性化可能だと筆者らは考えた。実際に検討をしてみると、オキサゾールのみならずN-メチルイミダゾールやトリアゾールなどの複素環でもカルボキシル化が進行した。個人的には意外だったが、チアゾールに関しても反応が進行するものの2位選択的ではなかったため、pKaに差が少ないということなのだろう。



反応機構については、オキサゾールに挿入したHet-Au-NHC型の中間体と、そこにCO2の挿入したHet-CO2-Au-NHC型の中間体を単離している(上図中間体)。これにより提唱されている機構をきちんと支持することに成功している。

今回の反応は触媒料1.5 mol%で収率もよく、NHC触媒も頻用されるタイプのものであり、CO2分圧も1.5barとさほど高くないため、使い勝手はよさそうだ。現在のところ実務では、ブチルリチウムを用いて生成させたアニオンに、ドライアイスより発生させたガスを吹き込むことでカルボン酸とすることが多いけれど、ガスの脱水に硫酸を通すなど装置の組立てが少し面倒である。今後、本報告のような手法がどんどん増えていけば、既存の方法論に取って代わることになるかもしれない。

2010/06/20

An Enantioselective Claisen Rearrangement Catalyzed by N-Heterocyclic Carbenes

uthanat Kaeobamrung, Jessada Mahatthananchai, Pinguan Zheng and Jeffrey W. Bode*
DOI: 10.1021/ja103631u

Claisen転位は立体的に混んだ部分にも置換基を導入しうる優れた反応であり、ジョンソン型を始め様々な変法も知られている。本報告はCoatesの変法を参考にした、NHC触媒を用いたClaisen転位に関するもので、これまでStteter反応を始めとした極性転換に加えてアシルアゾリウム塩の化学にまた一つの可能性を示すものだ。

この論文の着眼点は二つある。一つ目はアルキニルアルデヒドとNHC触媒によりアルコール存在化にα、βー不飽和エステルに変換される報告が存在していることだ。これによりαークロロアルデヒドを基質とすることの多かったNHC触媒の化学の原料をアルキニルアルデヒドにすることができた。二つ目は中間体のアシルアゾリウム塩は活性エステル同様に、アルコールやエノールの酸素から求核攻撃を受けて、ヘミアセタール様の中間体を経るという推察だ。この二つを組み合わせることで、ヘミアセタール構造はClaizen転位基質となるOーアリルエノールとなる。



主にkojic酸を基質して展開しているものの、上図に示すような容易にエノールになる基質やナフトールのようなフェノール誘導体でもClaizen体を得ている点が興味深い。本反応は必ずしもClaizen転位を経由しなくても目的物に達するため各種メカニズム解析を行っている。すなわち、エノールがα、βー不飽和アルデヒドへとマイケル付加したわけではない(だろう)ということを示そうとしている。速度論解析、ラベル化実験、対照実験などの結果が、1,2-付加の後のClaizen転位という反応機構を支持している。

具体的に読むとわかるが、対照実験の中身は基質の特殊性で片付けられる面もあり、必ずしも望みの結果を支持しているとはいえないだろう。そのため、結論で著者らも述べているようにどちらの反応機構が正しいのかを完全に結論できているわけではない。それでもNHC触媒の新たな一面を開拓したことは事実であり、今後Rovisなど競合グループからの報告も相次ぐのではないだろうか。

2010/06/18

Highly Flexible Synthesis of Chiral Azacycles via Iridium-Catalyzed Hydrogenation

J. Johan Verendel, Taigang Zhou, Jia-Qi Li, Alexander Paptchikhine, Oleg Lebedev and Pher G. Andersson*
DOI: 10.1021/ja103901e

ピロリジン、ピペリジン、モルフォリンなど脂肪族環状アミン類は創薬化学を始めとした各種応用分野において頻用される構造部位だ。置換基を有する環状アミン類では、不斉点を有することが多いため、その不斉合成が鍵となることがある。

本報告では、閉環メタセシスによる環構築と続くイリジウム触媒による不斉還元によって5,6,7員環のアミン類の合成を行っている。通常のアミン類の還元ではイミンやエナミンの還元、窒素上の置換基を足がかりとした還元が多いため、環内の窒素原子から離れた部位に存在する二重結合を不斉還元する例はあまりなかった。著者らはイリジウム錯体であれば窒素との相互作用なしに還元が進行することに着目し、検討を行った。



学術的には特筆すべき点もないし、なぜJACSに掲載されているのかよくわからない論文ではある。実務としては、イリジウム錯体の値段と高圧水添という点、およびオレフィン置換基としてヒドロキシメチル基が一つ例としてあるもののアリール基が大半を占めている点が気になる。窒素との相互作用がないために、保護基をTsとCbzを例にとっているが、他の保護基も使えそうな点はよい。一般性のありそうなスキームではあるので、もう少し官能基化された基質での適応例があったらより魅力的な論文になっただろう。

常々不斉還元もそろそろ常圧で気軽に使える反応系が出てきてもいいと思っているのだが、色々な人に学会などで聞いたりもするのだけど、常圧にするとeeは下がりがちで難しいらしい。

2010/06/17

Quaternary Ammonium (Hypo)iodite Catalysis for Enantioselective Oxidative Cycloetherification

Muhammet Uyanik, Hiroaki Okamoto, Takeshi Yasui, Kazuaki Ishihara*
DOI: 10.1126/science.1188217

本ブログでも取りあげた、石原先生らによる超原子価ヨウ素による不斉ラクトン化反応はYahoo!ニュースでも取りあげられるなど記憶に新しい研究成果だった。本報告は先の例をさらに進歩させた内容となっている。

超原子価ヨウ素は反応条件の温和さや金属フリーの反応であることなどから、ますます注目を集めている。爆発危険性と溶解性の低さから必ずしも使いやすいとは言えないのも事実だが、超原子価ヨウ素試薬を触媒量へと低減させることで溶解性に関しては克服可能となる。前報を含む多くの反応例では、共酸化剤としてはmCPBAなどの有機過酸が用いられることが多く、これを環境調和的な過酸化水素で代替できれば魅力的な反応となりうる。

著者らは既存の触媒ではヨウ素原子上が不斉点となるような設計であることに注目した。近年、有機分子触媒の分野ではアキラルなイオンが直接には分子に関与しつつも、近傍に存在するキラルカウンターイオンの効果により不斉が誘起される反応が多数報告されている。これを超原子価ヨウ素の化学に適応してみたのが本論文のコアなアイデアだろう。中でも彼らはアンモニウム塩とヨウ化物イオンの組み合わせに着目し、キラルアンモニウムイオンの骨格としていわゆる丸岡触媒型の分子を選択した。



生成物の合成化学的有用性を考慮して、エステル等価体としてN-フェニルアシルイミダゾールを用いて環化反応を行ったところ、過酸化水素を共酸化剤として高い不斉収率にて生成物を得た。基質によっては無水TBHPの方がよい基質もあるようであるが、多くの場合過酸化水素を利用可能という点は主張してよいだろう。また基質のアシルイミダゾール部位はEvansらもエステル等価体として用いているように、本論文でもエステルへと高収率で変換を行っている。反応機構については系中で生成したアンモニウムhypoioditeまたはアンモニウムioditeが関与しているとの考察をしているが、確証を得るには至っていない。

石原先生は近年、有機合成化学者としては世界でも珍しくScienceやNatureに研究成果を掲載している。以前「チャレンジしてみるのが大事」という趣旨のことを伺ったことがある。普通の有機化学者はよい結果が出るとJACSに投稿しようとは思っても、Scienceなどに出そうとはなかなか思わないものだなと感じたのだった。もちろん優れた結果があることは前提だけれど、アピールの仕方次第では意外とScience/Natureの敷居は低いのかもしれない。

2010/06/15

Copper Catalyzed Arylation/C−C Bond Activation

Chuan He, Sheng Guo, Li Huang and Aiwen Lei*
DOI: 10.1021/ja1033777

本報告は銅(I)触媒を用いた、ハロゲン化アリールと1,3-ジケトンのカップリングによりαーアリールケトンを合成する反応だ。カップリングする際にアシル基が一つ飛ぶことでαーアリールケトンが生成している点が珍しい。パラジウムを用いた求電子的アリールパラジウム種との反応と比べ、銅触媒を用いた例はぐっと少なくなるため、本論文は安価で扱いやすい銅触媒を用いた反応例に選択肢を持たせたことに価値があると言える。また本例ではアシル化の際に炭素ー炭素結合開裂を伴うため、その反応機構について各種検討を行っている点が個人的には好評価であった。

条件検討の結果、ヨウ化銅(I)が最も高い収率で目的物を与えたものの、塩化銅(II)などでも十分に高い収率を得ていることが興味深い。基質としてはヨウ化アリールを用いた方が収率が高いものの、臭化アリールにも適応可能となっている。ケトン側は基本的に対称な1,3-ジケトンを用いているが、非対称ケトンの場合はアセチル基が脱離するように反応が進行するようだ。



炭素ー炭素結合開裂に関しては、無水条件で反応を行った際には開裂が観測されなかったこと、およびこのジケトン体を反応条件に付しても開裂が起きなかったことより、アリール銅種とのカップリング後に水の関与により結合開裂が起きていることが示唆された。この際、水の付加により酢酸カリウムが生じることになるが、筆者らはReactIRによってKOAcに相当する1583cm^-1のピークが徐々に生成してくることを観測している。さらにヨウ化アリール非存在化での結合開裂が起きないことも確認している。

以上のように、アトムエコノミーや反応収率の点からは魅力的とは言いがたい反応のように思えるが、きちんと対照実験を行うことで反応機構に関する洞察を深めていっているのが個人的にはよいと思える論文だった。

2010/06/14

Catalytic Asymmetric Transacetalization

Ilija ori, Sreekumar Vellalath and Benjamin List*
DOI: 10.1021/ja102753d

スクリプスのリストらによる触媒的分子内不斉アセタール化反応に関する報告。O,O-アセタールからブレンステッド酸により、オキソニウムイオンを形成、分子内アルコールが付加することで新しくO,O-アセタールが形成されることになる。既存のキラルリン酸を用いた例では、N,N-、およびN,O-アセタールからイミニウムカチオン経由で反応させたものはあるが、O,O-アセタールからオキソニウムカチオン経由で新しく結合形成をはかった例は少ないとのこと。

アセタール形成工程も除去工程も平衡反応であるため、通常は生成する水なりアルコールなりを系外に除くことで平衡を偏らせる工夫をする。本反応のようなアセタール交換では、生成物が逆反応を起こして不斉収率が低下しないような工夫が必要だろうと、容易に想像可能だ。著者らは、1)分子内反応とすることで温和な条件でも反応が進行する、2)結果として逆反応も抑えられる、という推測の基に検討を開始したようだ。また不斉誘起という観点からは、リン酸アニオンとオキソニウムカチオンとのイオン性化合物を経由して分子内アルコールの付加を制御することになる。



実際の検討ではMS4Aを添加することが重要となっているので、エタノールの系外への除去はMSが担っていることがわかる。不斉収率は高くないものの、1mol%の触媒料、室温で反応がほぼ完結するようなので、そこそこ立派な結果だと言えるだろう。基質としては、環化のはやい5員環型の基質でよい結果を得ており、6員環型の基質や、Thorpe–Ingold効果が得られず環化の遅くなるgem-置換基のない基質では不斉収率がかなり下がっている。

折角不斉点を導入しても、生成物の有用性がイマイチ見えてこない気がする反応なのは気のせいだろうか。個人的には、上述の不斉収率の低い基質での、時間経過による不斉収率の変化などを調べ、逆反応の有無について知見を得たい気がする。

2010/06/10

Gold-Catalyzed One-Step Practical Synthesis of Oxetan-3-ones

Longwu Ye, Weimin He and Liming Zhang*
DOI: 10.1021/ja1033952

4員環の環状エーテル、オキセタンはCarreiraらの研究もあって創薬の分野ではその物性と特許性の面から注目を集めている化合物群だ。本論文では酸化的条件下、アルキンと金触媒との反応で生じた金カルベノイドの近接アルコールへの挿入によりオキセタンー3ーオンの合成を行っている。

αージアゾケトンを用いた近接アルコールへの挿入は既知の反応であったが、ジアゾ化合物は調製の煩雑さと爆発性を有しており、日常的な合成には望ましい原料とは言えない。一方で筆者らが見いだしていた酸化的条件により金触媒とアルキンから金カルベノイド種を生成させる知見を、ジアゾ化合物の化学と比較することでオキセタン形成が可能ではないかと考えるに至ったのが研究の発端だ。これが可能ならば容易に入手可能なプロパルギルアルコールがαージアゾケトン等価体となり、有用性が高いと考えた。



種々検討を重ねた結果、ブレンステッド酸、置換ピリジンNーオキシド、金触媒を用いることで良好な収率で望みのオキセタンー3ーオンが得られることを見いだした。これは条件を少し変更することで2級プロパルギルアルコールだけでなく、3級の基質にも適応可能であり汎用性の高さが伺える。無置換のオキセタンー3ーオンは高価であり、かつ揮発性であるため、これを安価なプロパルギルアルコールから合成し、そのまま変換を行うことで合成的にもコスト的にも有用性の一端を示している。水分、酸素をケアしなくていい点も本反応の簡便さを後押ししている。

もう少し反応機構に関する記述が欲しいところだが、速報としてはこの程度かもしれない。

2010/06/05

Nucleophilic Perfluoroalkylation of Imines and Carbonyls

G. K. Surya Prakash*, Ying Wang, Ryo Mogi, Jinbo Hu†, Thomas Mathew and George A. Olah
DOI: 10.1021/ol100918d

フッ素化合物の有用性はよく語られるところであるが、トリフルオロメチル基以外の長鎖パーフルオロアルキル基を導入する方法論は実は少ない。著者らはペンタフルオロエチルフェニルスルホンとカリウムtert-ブトキシドを反応させることで、系中にて求核的ペンタフルオロエチルアニオンを生成、イミンやアルデヒド、ケトンなどへ付加させることに成功した。

以前の研究によりトリフルオロメチルフェニルスルホンとカリウムtert-ブトキシドから生成させたトリフルオロメチルアニオンがアルデヒドへと付加する反応を見いだしていたため、本報告はそのペンタフルオロエチル基への適応と基質の拡張にあたる。



反応条件を見てみると、THF中でイミンとスルホンを-78度の低温下で撹拌しつつKOtBuをゆっくりと滴下するとのことで、温度制御がシビアな反応のようだ。基質としてはエノール化しうるイミンにも一応適応可能だが、脂肪族アルデヒドでは収率が低下するようだ。またα、βー不飽和の基質に対しても1,2-付加が進行すること、キラルスルフィニルイミンに対する付加では高いジアステレオ選択性で付加が進行することも特筆すべき点だ。

基質となるスルホンもカルボン酸カリウム塩から容易に調製可能とのことで、使い勝手のよい反応に思える。

2010/06/04

Palladium-Catalyzed Arylative Ring-Opening Reactions of Norbornenols

Michael Waibel, Dr., Nicolai Cramer, Dr. *
10.1002/anie.201001752

クロスカップリングなどの遷移金属を用いた反応では、金属ー炭素結合をどのように形成して反応に用いるかが一つのポイントとなる。古典的クロスカップリングでは例えばアリールーハロゲン結合への酸化的付加を起点とした反応であるし、近年進歩の著しいC-H活性化反応では文字通り炭素ー水素結合の切断が鍵となる。これら手法の他にも、教科書に記されているようなβー炭素脱離を用いた反応も一つの選択肢となる。特に立体的に歪んだ3級アルコールを用いた反応は多くの例が知られている。

本報告では対称ノルボルネンを用いて、3級アルコールを起点とした開環を伴い、アリル金属種を発生させている。生じたアリルパラジウム種は様々な反応経路を取りうるが、反応条件によりそれらを制御している点と、キラル配位子を用いた不斉非対称化反応に関しても初期結果を報告している点がポイントだ。

反応全体の流れは下図のようになる。臭化アリールに酸化的付加をした2価パラジウム種がアルコール部位とオレフィンとの2座配位をとりながら開環反応が起こる。生じたアリルパラジウムは1)還元的脱離、2)β脱離の後芳香族化、という二つの経路が考えられる。これらの反応経路は用いるリン配位子により制御可能であり、S-Phosを用いる事で1割以下にまで抑えることができた。またo-ブロモアニリンを基質として用いる事で反応後に閉環しイミニウムを生じさせ、条件を選ぶ事で酸化的にキノリンを、還元的にテトラヒドロキノリンを得る事に成功している。



また本反応は対称な基質を用いているので、キラル触媒を用いる事で不斉非対称化が可能である。論文の最後に不斉化に関する検討も記載している。TADDOLを母骨格とした配位子を用いて64%eeという結果を得ている。まだまだ改善の余地を残すが、このサンプルは一度の最結晶により92%eeにまでは光学純度が向上するようだ。

本研究は大嶌先生らの報告がタネになっているようだが、中々うまくデザインするものだと感心した。不斉化については基質も特殊だし、色々検討したけれど数値が上がらなかったのだろうなと苦労がにじみでている論文だ。

2010/06/02

Iron-Catalyzed, Directed Oxidative Arylation of Olefins with Organozinc and Grignard Reagents

Laurean Ilies, Jun Okabe, Naohiko Yoshikai† and Eiichi Nakamura*
DOI: 10.1021/ol1009448

鉄を用いたクロスカップリング反応は近年注目を集めている分野である。オレフィンとアリール金属とのHeck型の反応は従来はパラジウムやロジウムといった後期遷移金属を触媒として用いる例が大半であったが、本論文では鉄触媒を用いる事でHeck型生成物を得ることに成功した。
本報告の肝は、ピリジン窒素をdirecting groupとすることによるオレフィン部位のC-H活性化反応であろう。これによりオレフィンが活性化され、系中で生成した有機亜鉛試薬との反応が進行していると考えられる。その後に鉄触媒がβ脱離することで目的とするHeck型生成物が得られている。



このC-H活性化であるが、オレフィンとピリジン環とのリンカーをSiMe2としているところがポイントだ。配位基のないスチレンでは当然の事、酢酸ビニルのような酸素原子でも反応は進行せず、窒素であっても例えばビニルピリジンでは反応がうまくいかないようだ。このことからシリコンのリンカーを挟む事で鉄触媒の原子半径にうまくフィットしたメタラサイクルが形成可能になるのだろうと推測される。そのため最適条件下においても有機金属種の一般性を確かめるものが中心で、唯一キノリン型でも反応が進行する事を見いだしたようだ。
ポイントの二つ目は、酸化剤の利用により副生成物の飽和炭化水素の生成を抑えた点だろう。この副生成物は、β脱離により生じた鉄ヒドリド種由来であると考えた事から、鉄ヒドリド種のトラップ目的で種々の酸化剤を試したようだ。結果としては1,2-ブロモクロロエタンを利用するのが最適であったようだ。

本反応は前述したように適応基質がかなり限定されてしまっているが、シリル部位はさらなる官能基変換に使えるだろうし、なにより(恐らく)リンカーの調節により反応を最適化した点に努力が伺える論文だろう。用いる有機金属種の当量が多めであるなどの難点もあるが、さらなる魅力的な反応につながりうる研究だと感じた。

2010/06/01

An Organocatalytic Asymmetric Nazarov Cyclization

Ashok K. Basak, Naoyuki Shimada, William F. Bow, David A. Vicic and Marcus A. Tius*
DOI: 10.1021/ja103028r

酸性条件下、協奏的環化反応によりシクロペンテノンを合成するNazarov反応は近年再注目を集めている反応だ。既存例の多くは環状システムに組み込まれた基質を用いて、オレフィンの幾何異性を固定化したうえで環化させることが多く、鎖状型の基質では立体選択的に反応を制御する事は難しいとされてきた。本報告では基質をβ-ケトエステル型にすることでエノールへと容易に移行し、かつ幾何異性を制御しやすいような工夫をこらして、これらの問題を克服している。

著者らはさまざまな酸性条件下でαーケトエノンが分子内環化を経てシクロペンテノンを形成する反応を見いだしていた。この反応は分子内マイケル付加とも考えられたけれども、以下の2つの理由により、彼らはNazarov反応型だと考えた。まず第一に5-endo-trig型の分子内環化はBaldwin則で禁制であること。第二に通常なら反応性が低下するような置換基のついたエノラートにおいて反応が促進されることだ。これらのことから、エノン側のカルボニル基を活性化しつつ、ケトン部位をエノールへと互変異させるような機能を有する触媒を用いれば、反応が促進されるだろうと考えた。




なかでもチオウレア型の有機分子触媒に注目して、各種検討を行ったところ反応時間は極めて遅いものの65%収率、90%不斉収率で望みの環化体を得た。注目すべき事にジアステレオマーは観測されなかったことから、デザイン通りにエノールの幾何異性が制御され、環化が進行している事が示唆される。

反応時間が2週間や3週間と極めて長い事に関して、著者らは生成物の触媒阻害が原因であるとしている。生成物が系中で沈殿してくる基質においては、4日程度で80%以上の良好な収率で反応が進行するという事実もこの仮説を支持しているだろう。また触媒作用点と不斉点が遠い点については、著者らは触媒の不斉点が結合の軸不斉へと転写されることで不斉誘起が実現しているのではないかと仮説を述べている。

難しいNazarov反応で良好な不斉誘起を実現した点はすばらしい。反応時間の促進に関しては、ルイス塩基の添加などにより生成物ー触媒の相互作用を解離させるような工夫が必要だろう。