2010/10/31

Fischer Indole Synthesis with Organozinc Reagents

Benjamin A. Haag, Zhi-Guang Zhang, Prof. Dr. Jin-Shan Li, Prof. Dr. Paul Knochel
Angew. Chemie. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201005319

インドール骨格は様々な天然物や合成医薬品に含まれ、それゆえパラジウムを用いる手法をはじめとして様々な方法論が開発されてきた。それでも実際の合成現場では学部レベルの教科書にも記載のある古典的なFischerインドール合成法が行われていることが多いのが実状だろう。本報告では官能基化された亜鉛試薬とジアゾニウム塩から、古典的なFischerインドール合成法と同等の中間体を経て目的のインドール環合成を行っている。古典的な方法と比べて強酸性条件下での高温を必要せず、官能基許容性の高い方法となっている。

上述のように亜鉛試薬のジアゾニウム塩への付加が平衡を介して、Fischerインドール合成と同様の中間体を与えるだろうという推論のもとに本研究は始まっている。実際に反応を行い、反応後にTMS-Clを添加しマイクロウェーブ条件で加熱する事でインドール体を収率よく得る事ができた。特に言及はないが、この閉環条件を見いだすまでには相当の検討があっただろうことは容易に推測可能だ。1級の亜鉛試薬の場合は位置選択性の問題はないが、sec-Bu基のような2級亜鉛試薬の場合には安定な多置換オレフィン中間体に由来するインドール体が選択的に得られるようだ。


見いだした条件で様々な基質を用いて反応を行った所、ニトロ基、ケトン、エステル、ヨウ化アリールなど反応性の高い様々な官能基存在下でも良好な収率で反応が進行している。これらは例えばグリニャール試薬では共存が難しい官能基群であり、亜鉛試薬を用いている利点といえる。2級亜鉛試薬の例としては対称のシクロアルカンを用いており、良好な収率で目的物を得ている。一方でこれらの基質を用いた事で、共に3置換オレフィンとなるような非対称なアルケンでは位置選択性が出ないのだろうということも推測可能だ。また芳香環上の電子が豊富な基質によってはTMS-Clの添加なしでも閉環するようだ。最後に本手法を用いて著名なNSAIDsであるインドメタシンなどを合成している。

本研究はKnochelらが精力的に進めている多官能基化された亜鉛試薬に関する研究の一環だろう。彼らの化学は他の研究者によっても様々な形で用いられており、本報告もマイクロウェーブを用いて少し使いにくい面もあるが、一つ応用例が増えたということになる。

2010/10/27

Iron-Facilitated Direct Oxidative C−H Transformation to Alkenyl Nitriles

Chong Qin and Ning Jiao*
J. Am. Chem. Soc., DOI:10.1021/ja1070202

酸化剤と遷移金属触媒を用いてアリル位のC-H結合を直接官能基化する方法論は、近年発展が著しい分野だ。本報告ではπ-アリル型の中間体を経てアルケニルニトリルを合成する反応に関するもので、反応を通じて3つのC-H結合が切断されることなる。

著者らはトルエンをベンゾニトリルに変換する反応を報告しており、まずは類似の条件から検討を開始したが、アリルベンゼンを基質とした反応ではまったく生成物が得られなかった。そこで各種触媒、酸化剤を検討した所、塩化鉄(II)を触媒とし、DDQを酸化剤とすることで望みのシンナムニトリルを高い収率で得られる事を見いだした。


アリルベンゼンだけでなく、(E)-プロペニルベンゼン、(Z)-プロペニルベンゼンを基質とした場合にも同じシンナムニトリルが得られる事から、π-アリル中間体を経由していることが示唆された。また重水素化実験などにより、最初のアリル位C-H結合の切断が律速段階であることも明らかとなった。反応の最終物としてニトリルが合成されるため、末端アジド中間体と分岐鎖アジドとの平衡混合物の中で、末端アジドから反応が進行すると考えられている。

各種基質に対して反応を行った所、芳香環と共役したニトリル合成において有効な反応のようだが、これはSET段階での電子供与能によるのだろう。共役した1,3-ジエンだけでなく1,4-ジエンでも同じ生成物を与え、また3置換アルケンが生成するような基質に対しては収率が低めとなっている。

2010/10/26

Rh(II) Carbene-Promoted Activation of the Anomeric C−H Bond of Carbohydrates

Mlissa Boultadakis-Arapinis, Pascale Lemoine, Serge Turcaud, Laurent Micouin, and Thomas Lecourt*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja1054065

糖類は生体内で重要な作用を有することから、主骨格の何れかの炭素を4置換にすることで生理活性などへどのような影響が出るかを調べる事に興味がもたれている。1位炭素を4置換にするにはラクトンへの求核付加と生じたヘミアセタールからグリコシル化することでケトピラノシドを合成する。しかし、4置換炭素となったことでグリコシル供与体の嵩高さから、受容側の大きさによっては反応が進行しにくかったり、通常2位のアシル基を足がかりとして行うグリコシル化の選択性が低下するなどの欠点があった。本論文では異なったアプローチとして、ロジウムカルベノイドによるC-H結合への選択的な挿入を用いたケトピラノシド合成法を報告している。

望みのC-H結合以外にも挿入する可能性など副反応は考えられたものの、ピラノース誘導体を用いてロジウム源の検討を行ったところ、Rh2(OAc)4を用いた場合に収率よく選択的に反応が進行した。3位の保護基としてはPivの他にはTBDMSを用いても良い結果が得られている。得られた知見を基にグリコシル結合を有する基質でも反応を行っている。α-グリコシル体に相当する基質では速やかに反応が進行したものの、β-グリコシル体では他の結合への挿入も起こってしまったことから多少の条件検討が必要だったとのことだ。また挿入により得られたラクタムはアルミニウムアミドの条件でWeinrebアミドへと定量的に開環している。


既存の方法論ではアノマー位の選択性を出す事が難しい場合もあった点を考えると本方法論はその点に関しては申し分ない。一方で反応後の立体反転は難しい印象をうけることから、2位の立体に依存してアノマー位の立体が決まる点が本方法論の特徴でもあり欠点でもある。いずれにせよシンプルな化学であるが着眼点がおもしろい論文だ。

2010/10/21

Palladium-Catalyzed Asymmetric Benzylation of 3-Aryl Oxindoles

Barry M. Trost* and Lara C. Czabaniuk
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja1079755

π-アリルパラジウム種を経るアリル化反応は、炭素/窒素/酸素求核種とさまざまな求核種を用いることが可能で、非常に有用性が高い反応だ。一方で、ベンジル位での同様のη3-中間体を経るベンジル化反応は、中間体が芳香族性を崩すことになるため一般的ではない。それでもいくつかの報告例はあるが、満足のいく収率、不斉不斉収率で反応が進行するものはなかった。本報告は3-アリールオキシインドールを求核種としたパラジウム触媒による不斉ベンジル化反応に関するものだ。

著者らは既に同様の求核種を用いたアリル化反応を報告していることから、触媒系などはそれを踏襲して検討を開始した。(1-ナフチル)メチルアルコールのメチルカーボネートを反応剤としたところ、中程度の不斉収率で目的のナフチルメチル体を得た。濃度、添加剤、溶媒、配位子について検討し、93%収率、86%不斉収率にまで最適化を行った。



各種3-アリールオキシインドールについて反応を行ったところ、3位にo-メチルフェニル基を有する立体的に嵩高い基質では中程度の収率になるものの、総じて高収率、良好な不斉収率で目的物を得ている。一方でベンジル供与体としては、主としてナフチル、インドール、ベンゾフランなど2環性の基質を用いており、芳香属性の崩れた中間体の安定化を狙っているのが特徴だろう。単環性の基質としてはフラン環で反応を行っているが、やはり通常のフェニル基では難しいということなのだろう。

正直な所、π-アリルの化学を拡張した本論文のようなベンジル化の報告例が既にあることも知らなかった。本報告では上手に基質を選んであるという印象を受けるが、中間体の安定化に関してもう一工夫を重ねるともっと色々できそうな気がした。

2010/10/16

Catalytic Acylation of Amines with Aldehydes or Aldoximes

C. Liana Allen, Simge Davulcu, and Jonathan M. J. Williams*
Org. Lett., DOI: 10.1021/ol101978h

カルボン酸、アミン、縮合剤を混合するアミド結合生成法は、信頼性に優れた方法論であり、ペプチドの化学と共に発達したことからラセミ化を抑える工夫なども行われている。しかし分子量の大きな縮合剤を量論量用いることから、大量の廃棄物が生じてしまうという問題も抱えている。そのため触媒を用いるアミド化反応の開発が近年のホットな話題と一つとなっており、例えばアルデヒドからアミナールの酸化を経てアミドを生成する反応や、オキシムから金属触媒を用いて1級アミドを生成する方法などが開発されてきた。本論文でもニッケル触媒存在下、アルデヒド、ヒドロキシルアミン、アミンを混合し加熱することで、オキシムを経て2級、3級アミドを生成するという反応を報告している。

著者らは既に前述したオキシムからの1級アミド生成反応を報告しており、その中間体としてニトリルを想定していた。また金属触媒を用いたニトリルから2級、3級アミドへの変換反応について文献例があったことから、条件検討によってオキシム→ニトリル→2級/3級アミドという反応が可能だと考えた。オキシムを原料としてベンジルアミン存在下、インジウムやルテニウム触媒を用いると1級アミドが生成するのみであったが、塩化ニッケル6水和物を用いると望みのベンジルアミン由来のアミドが選択的に生成した。検討により5 mol%のニッケル触媒、キシレン中155度に加熱する条件を最適とした。


オキシムとアミンについて一般性を検討した所、1級アミンのみならずモルホリンなどの2級アミンを用いても良好な収率で目的物を得ているが、求核性に劣るアニリン誘導体では反応が進行しないようだ。アルデヒド側も脂肪族では良好な収率を示しているが、芳香族アルデヒドでは多少の反応性低下が見られる。また中間体としてニトリルを経ることを想定しているように、ケトオキシムを原料とすると全く反応が進行しない。一定の一般性が得られたので、続いて系中でオキシムを形成させながらアミドを生成させる反応ついて検討を行っており、この場合も前述の検討を同様に幅広い脂肪族アミン、脂肪族/芳香族アルデヒドを用いることが可能なようだ。

反応機構としてはいくつか考えられるが、著者らはラベル化実験により2分子がニッケル触媒に関与する反応機構を提唱している。得られている実験結果が必ずしも本反応機構だけで説明できるとは言えないが、類似の反応機構は他の著者によっても提唱されていることから速報段階での妥当性は高いと考えられる。

触媒の安価さは魅力的であるが、いざ使おうと考えると(即座にオキシム生成まで行くとは思われるものの)、ヒドロキシルアミンを高温に加熱することに安全面での不安を少し感じてしまう。

2010/10/13

Efficient Ring-Closing Metathesis of Alkenyl Bromides

Michele Gatti, Emma Drinkel, Linglin Wu, Ivano Pusterla, Fiona Gaggia, and Reto Dorta*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja108253f

RCMは5~7員環程度の環を形成するのには特に信頼性の高い方法論であるが、基質によっては望みの反応が進行しない場合もある。その一つの例として生成物がハロゲン化ビニルとなるRCMがあり、生成物のその後の有用性を考えると解決すべき課題といえる。本報告ではこのようなブロモアルケンを用いたRCMを基質の置換基を調節することで達成している。

クロロアルケンを用いた反応例は高触媒量であるなどの欠点はあるものの既に存在していたので、著者らはマロン酸エステルから誘導したブロモアルケン-末端アルケンを用いて検討を行った。既存の報告例通り、各種触媒を用いても反応が進行しなかったことから、重ベンゼン中でのNMR実験を行うこととした。


興味深いことに末端アルケンを持たない基質では全く反応が進行しないのに対し、末端アルケンを有する基質ではスチレンの生成と触媒の分解が観測された。すなわち望みの反応が進行するなら、まず末端アルケンとの交差メタセシスが起き、その後ブロモアルケンとの閉環メタセシスが起きることが必要であると考えられた。著者らはブロモアルケンに置換基を導入することで触媒の安定性や反応性を調整できるのではないかと考えて置換基の導入を行った。検討の結果、臭素原子に対してcisにフェニル基を導入することで反応性が大幅に向上し、触媒量2mol%で30分、90%収率にて目的物を得た。


さまざまな基質に対して反応を行ったところ、マロン酸誘導体のみならずTs-アミドやエーテル誘導体を用いても5,6,7員環の臭化ビニル体を高収率にて得た。既存の報告があるようにクロロアルケンを用いた場合の方が反応性は高く、この場合には4置換オレフィンの合成にも成功している。一部の基質を除いて反応濃度も0.1Mであり、十分実用的だろう。反応機構としてはcisの位置にフェニル基を導入したことで、閉環メタセシスの際に触媒の接近を妨げることなく、反応後の触媒が安定なベンジリデンルテニウムとなることが鍵であるようだ。

Copper-Catalyzed Direct Carboxylation of CH Bonds with Carbon Dioxide

Dr. Liang Zhang, Dr. Jianhua Cheng, Dr. Takeshi Ohishi, Prof. Dr. Zhaomin Hou
Angew. Chem. Înt. Ed., DOI: 10.1002/anie.201003995

オキサゾールなど酸性度の高いC-H結合を二酸化炭素によりカルボキシル化するという反応も、本ブログではAu-NHC錯体炭酸セシウム加熱条件に続き、3回目の紹介となる。本報告の特徴はCO2(1atm)で反応が進行すること、および中間体を単離している点になる。

著者らは以前のホウ酸エステルのカルボキシル化で用いたCu-NHC錯体を用いて検討を開始した。ベンゾオキサゾールを基質とした検討により、[Cu(IPr)Cl]/KOtBuを用いたTHF中加熱条件でカルボキシル化が進行することをNMRにより確認したが、塩酸による後処理中に容易に脱炭酸することがわかった。そこでヨウ化アルキルを用いてエステル化の後に単離することとした。他の銅塩、配位子、塩基、溶媒では収率が劣ることがわかり前述の条件を最適とした。


基質一般性としては、置換ベンゾオキサゾールではメチル基置換体では反応が進行するものの、他の置換基としてはハロゲンやアリール基など酸性度を向上させるものに限られており、反応が進行するギリギリの条件であることが伺える。また4位置換体に関しては立体的な要因からか収率が低い傾向にあるようだ。他の複素環として、ベンゾイミダゾールや1,3,4-オキサジアゾールなどでも反応を行っているが低収率にとどまっている。

反応機構としてはCu-NHC錯体によるベンゾオキサゾール銅錯体の生成、カルボキシル化、カルボン酸カリウム塩の生成という一般的な機構を著者らは示し、2つの中間体の単離に成功している。以前紹介したAu-NHC錯体の系でも、CO2がAu上に配位した中間体の単離に成功しているが、Auは直線型2座配位の形式をとるためオキサゾールのヘテロ原子との相互作用は存在しない構造をしていた。一方で今回の系ではCu-NHC錯体を用いているため、単離した中間体はベンゾオキサゾールの窒素原子-銅-カルボキシル基とで5員環を形成している。本文中での言及は特にないものの、より安定と考えられる中間体の生成が活性化エネルギーの減少、常圧での反応進行に至っている可能性は考えられる。

以前紹介した2報は加圧条件(1.4atmなど)で、本報告は1atmであるが基質がかなり限定的であるため同列に扱うわけにはいかない(反応性が高い基質なら以前の報告の条件でも1atmで進行する可能性もある)。それでも本論文に限っては類似の報告との差別化をはかるためには1atmという条件をもっと論文中で強調すべきではないかなと感じた。

2010/10/11

Regioselective Palladium-Catalyzed Arylation of 4-Chloropyrazoles

Carlos Mateos*, Javier Mendiola*, Mercedes Carpintero, and Jos Miguel Mnguez
Org. Lett., DOI: 10.1021/ol1020898

反応条件の最適化検討では、各パラメータに関して1変数を振りながら最適化を行っていくのが普通だろう。しかし条件検討に時間がかかり過ぎてしまい、化合物を迅速に供給する必要がある場合には問題が生じやすい。このような場合に、実験計画法に基づいて複数のパラメータを同時に動かしつつ検討を行うと検討時間を短縮できる可能性がある。本論文でも実験計画法を効率的に用いて素早く条件の最適化を行っている。

著者らはSAR研究の一環として5-アリール-1-メチルピラゾール誘導体を迅速に供給する必要が生じた。1-メチルピラゾールを用いて既存のdirect arylation条件で反応を行った所、反応性はC5>C4>>C3であり、4,5-二置換体もかなりの割合で生成してきてしまった。4位をハロゲン原子でブロックしたうえで反応を行うこととした。4-クロロと4-ブロモの基質で反応を行った所、4-クロロ体の方が反応性が高かったものの3位と5位の選択性が約1:1であった。そこで4-クロロ体を用いて条件検討を行うこととした。


溶媒、塩基、触媒、配位子、添加剤の組み合わせによりC3/C5選択性とC5体の収率を最適化することとした。文献より各要素で用いる条件を抽出したところ、全組合わせは7200通りになった。この条件から実験計画法により48通りの条件に絞り込んで、実験を行い、HPLCによる分析で各反応における収率と位置選択性に関するデータを取得した。得られたデータをJMP(ジャンプ)による統計解析を行った結果、塩基としてBu4NOAcを用いることが最も重要であり、その他の要素に関しては統計的な有意はなかった。こうして得たデータから、収率と選択性に関して、それぞれを最大化するであろう2条件を作成し、反応を行ったところ、収率に関して最適化を行った条件がより優れていると判明した。得られた最適条件を他の基質についても行ったところ、電子吸引基、供与基置換の芳香環はともに収率よく導入可能だが、オルト位置換のものは収率が低下する傾向にある。またピリジン環のようなヘテロ芳香族も導入可能であった。

このような実験計画法を駆使した最適化は、最短で狙った反応を最適化できる可能性を秘めているものの、現実的には本報告のように類似の反応からある程度条件が絞れる場合に効果を発揮する可能性が高い。それでもこれだけ計算機が進んだ時代に、30年前と同じスクリーニング法をしているのも能がないとは思うので、何かしら工夫しながら少しずつ取り入れていく意識改革は必要だろう。個人的にはファイザーのケモインフォマティクス/データマイニングの論文はいつもいいなと感じていて、すぐに何かの役に立つかわからないけれどこういった解析のクセを付けたいなと思っている。実験計画法によるアプローチはアカデミアより企業の方が盛んで、プロセス検討などではよく使われているらしいが、本論文のように探索段階で用いるのは珍しいのではないかなと感じたが実際のところどうなんでしょう。

2010/10/05

A New Palladium Precatalyst Allows for the Suzuki−Miyaura Coupling Reactions of Unstable Boronic Acids

Tom Kinzel, Yong Zhang, and Stephen L. Buchwald*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja1073799

鈴木カップリングが有用な反応であることは改めて述べるまでもないだろう。しかし、通常高温条件が必要となり、ヘテロアリールや多フッ素置換芳香環のような対応するホウ酸が不安定な化合物では分解速度が高いために目的物が収率よく得られないことが多い。このような問題に対しては、1) 安定なホウ素試薬を用いる、2) 分解の起きないような温和な条件でも反応する触媒を用いる、といった方針が考えられる。前者の例として近年最も用いられているのは本ブログでも既に何度か紹介したMIDAボロネート(実際にはホウ酸のスローリリース)ということになる。本論文は後者のアプローチに当たり、高活性なパラジウム触媒について報告している。

検討を重ねた結果、Pdホスフィン錯体がハロゲン化アリールに酸化的付加した触媒前駆体を用いると低温で速やかに反応が進行することを見いだした。Pd(OAc)2 やPd2(dba)3と配位子の組み合わせでは良い結果が得られていないことから、触媒前駆体を使うことの重要性がわかる。しかしながら、初期に見いだした前駆体は調製が困難であり、かつ前駆体由来のアリール基が導入されたカップリング体が少量ながら生成してしまうという欠点があった。そこで調製が容易で、温和な条件で触媒が生成する前駆体の探索を行い、2-アミノビフェニルの利用に至った。この前駆体はアニリン部位の高い酸性度ために、以前の脂肪族アミンよりもより温和に触媒を生成させられることが期待できる。


得られた触媒前駆体を用いて、ジフルオロフェニル、トリフルオロフェニル、2-フリル、2-チエニルなど、不安定と言われるホウ酸を用いて期待通りに短時間で高い収率でカップリング体を得ることに成功している。例えば上で示した例は室温/30分で反応が完結しており、その反応性の高さに驚かされる。

MIDAボロネートはアルドリッチ社から入手できる種類も増えているものの、多少複雑なホウ酸では自ら調製しなければならず面倒だ。そういった場合には、ホウ酸を直接用いることのできる本反応に軍配があがるだろう。どんな場合にも選択肢は複数ある方がよく、既に大方解決されたかに見える課題に対しても違った視点からのアプローチは重要だろう。

2010/10/03

A Straightforward Route to Functionalized trans-Diels−Alder Motifs

Jun Hee Lee, Yandong Zhang, and Samuel J. Danishefsky*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja1073855

環状ジエノフィルとジエンとのDiels-Alder反応では、通常cisに縮環した化合物が得られる。transに縮環した化合物を得たい場合、Diels-Alder型の反応で直接得ることができれば魅力的であるが、現在の所成功例はない。本報告はcis縮環型の化合物を経た後にtrans体へと変換するというもので、シンプルな発想に思われるが、このようなアプローチは今までなかったとのこと。

著者らは既に、cisに縮環した橋頭位にニトロ基を有する化合物で還元条件により立体反転を伴って水素化を行わせることに成功している。この前例には、1) 水素化以外のアルキル化は立体的な要因で進行しなかった、2) ジエノフィルがニトロシクロアルケンに限定的で生成物が官能基化されていない、3) ジエノフィルの反応性が低い、といった問題を抱えていた。そこで今回注目したのはアルミニウム触媒を用いたα-ブロモシクロへキセノンのDiels-Alder反応だ。これによって官能基化されたcis-デカリン構造を効率よく合成することができた。


得られたcis-デカリン体を用いてまずはBu3SnHを用いた水素化を検討した所、望みのtrans体を主生成物として水素化体を得ることができた。そこで続いてアルキル化の検討を行うこととした。検討の結果、リチウムナフタリドを用いて反応性の高いリチウムエノラートを生成させることが重要だと判明した。ヨウ化メチルをメチル化剤とした場合にはtrans/cis比率がよくて3/1程度だったが、Trostが開発したPhSCH2Iをアルキル化剤とし、反応後にRaney Niで脱硫するプロセスを経ることでtrans体の選択性を7/1~>30/1にまで上昇させることに成功している。6-6のデカリン構造だけでなく、5-6の縮環構造でも成功している点が魅力的だ。得られた生成物の2重結合に関しては、オスミウムによる酸化や、スルフィドの酸化後にPummerer型の反応を行うことでさらなる官能基化を実践している。

Raney Niによる脱硫など多少回りくどい面もあるが、共通原料から様々な構造を作り分けるという観点からは興味深い試みだろう。本報告は既存のDiels-Alder反応では直接構築できない骨格を得ているという点では、以前取りあげたシクロブテノンを用いた反応と類似している。Danishefskyの最近の興味がどのような点にあるのかはわからないが、今後の展開を追っていきたい。