2010/12/31

Antarafacial Mediation of Oxygen Delivery by a Phenylsulfinyl Group

Yandong Zhang†, Jun Hee Lee†, and Samuel J. Danishefsky*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja1107707

環状ジエノフィルとジエンとのDiels-Alder反応で得られたcisに縮環した化合物を原料として、transに縮環した化合物を得るという報告を以前紹介した。本論文はそのtrans成績体に対して、変換を試みたところ予想外の化合物が得られたという報告である。

著者らはフェニルスルフィド部位を選択的に酸化した後に、Pummerer転位を行うことでアルデヒドを得ようとこころみた。原料は速やかに消失し、反応はきれいに進行したものの目的としたアルデヒドは得られなかった。混合物を炭酸水素ナトリウム水溶液で処理したところ、非常によい収率で二重結合部位がエポキシド化された化合物が得られてきた。硫黄原子はスルフィドへと還元されていたことから、エポキシドの酸素源としてはスルホキシドの可能性が考えられたが、得られたエポキシドの立体を考慮に入れると直接的な酸素原子の移動以外の反応機構が示唆された。

塩基処理の前段階の反応中間体に対してHBF4を加えたところ、アニオン交換を伴い結晶を得た。X線結晶構造解析により、中間体はビシクロ[2.2.2]のスルホニウムイオン構造をとっており、そこから反応機構としてはオレフィン部位の硫黄原子へのアタックと、カルボカチオンへのトリフルオロ酢酸アニオンの付加を伴っていることが推定できた(下図上側の中間体)。速度論的または熱力学的な要因から、この基質の場合は中間体として[2.2.2]構造のみをとっていたが、オレフィンのアタック部位としてはC7位も考えられる。そこでC8位のメチル基を水素に置換した基質を用いて反応をおこなった。C7位からのアタックと、通常のPummerer転位のいずれが優先するかは不明ではあったものの、この基質ではカルボカチオンの安定性からC7位が優先する可能性の高いことが予想された。結果としてはC7位からの巻き込みにより[3.2.1]型のスルホニウムイオン中間体が得られ(下図下側の中間体)、基質により反応経路は異なる可能性があるものの、塩基処理により同様のエポキシドが得られることが判明した。


この前例のない反応の一般性を確かめるために、いくつかの基質にて反応を行った。オレフィン部位が二置換の基質でも35%と低い収率ながらも反応が進行することがわかった。また6,6-の2環性基質以外に5,6-の系でも反応は収率よく進行した。また6,6-、5,6-のいずれの系においてもtrans縮環型の加えてcis縮環型でも収率よく生成物を得た。基質は必ずしも2環性である必要はなく、環状オレフィンである場合は反応が進行した。一方で直鎖型のオレフィンでは低収率、または痕跡量しか目的物は得られなかった。

この反応ではPummerer転位を加速させるピリジンの添加を行っておらず、ピリジンを添加した場合はアルデヒドとエポキシドの混合物、基質によってはアルデヒド優先的に得られた。この知見を活かすことで、ピリジン添加なしでエポキシドを得た後に、スルホキシドへの酸化、続くPummerer転位によりケトン/アルデヒド/エポキシドを含む高度に官能基化された、trans縮環の2環性化合物を良好な収率で取得できた。

以前の論文と併せてこれで全合成前に二つの論文が出ていることになり、Danishefskyとしては珍しい印象を受ける。彼らがどんなターゲットを目指しているのかはわからないが、Sloan-Kettering癌センター所属ではなく、Columbia大学所属の人たちによる論文のため、抗がん剤ではない純粋に構造のおもしろいターゲットなのだろう。続報を楽しみに待ちたい。

Ligand-Assisted Rate Acceleration in Lanthanum(III) Isopropoxide Catalyzed Transesterification of Carboxylic Esters

Manabu Hatano, Yoshiro Furuya, Takumi Shimmura, Katsuhiko Moriyama, Sho Kamiya, Toshikatsu Maki, and Kazuaki Ishihara*
Org. Lett., DOI: 10.1021/ol102753n

エステルの合成法としては対応するカルボン酸とアルコールの縮合、およびメチルエステルやエチルエステルなど既存エステルとアルコールを用いたトランスエステル化があげられる。前者では縮合剤由来の廃棄物やカルボン酸の溶解性が問題となることが多々ある。後者では溶解性の問題は解決されることが多いものの、立体的に込み入った2級や3級アルコールに対しても適応可能な方法論が少なく、さらに触媒量の促進剤で反応が進行する例はきわめて少ない。本報告では触媒量のランタンと適切な配位子を組み合わせることにより、3級アルコールを含む様々なアルコールに適応可能なトランスエステル化反応を発表している。

ルイス酸を促進剤としたトランスエステル化は例えば古くはSeebachらによるTiを用いた例など4族金属の利用例が多い。一方で基質一般性はあまり高いとは言えないものの、触媒量のLa(OiPr)3やLa(OMe)(OTf)2を用いた例も報告されていることから、著者らはルイス酸性と金属アルコキシドの求核性を適切な配位子によって調節することで、さらなる反応性の増大が期待できると考えた。安息香酸メチルと5-ノナノールを用いてジグリムなどの多配位型の配位子を中心に検討をおこなったところ、ジエチレングリゴールモノメチルエーテルが最適だった。さらにランタン源として用いたLa(OiPr)3の安定性の問題からか、錯体形成時間を経ることなく基質を加えた方が収率がよいことも明らかとなった。


そこで当量のエステルとアルコールを用いて基質一般性の検討をおこなった。1級、2級アルコールだけでなく、アダマンタノールのような嵩高い3級アルコールや、ステロイド骨格を有するアルコールにも適応可能であるが、フェノール誘導体には適応できない。またエステル側がα,β-不飽和型であっても望みの生成物が得られている他、α位に不斉点を有するエステルも不斉収率を損なうことなく反応が進行する。用いるエステルはピバロイル基のように嵩高いものでも問題ないようだ。さらに本手法は1級アミンや2級アミン共存下でもアルコールのみを選択的に活性化することで、アミドではなくエステルが優先的に得られる。

論文中では他の著者らによるランタンを用いた反応の想定遷移状態やESI-MSによるピークから、基質双方を活性化するランタン-ランタンの2核錯体型の遷移状態を想定している。この遷移状態ではランタンに対して配位子が2倍量必要ない気もするが、反応前に速やかに錯体を形成することでランタンの安定化に寄与しているのかもしれない。

本反応は基質はどちらも1当量のみでよく、短時間に反応が完結することから魅力的な反応である。使用しているLa(OiPr)3の安定性に不安があるものの、合成戦略上メチルエステルをベンジルエステルに変換する、塩基に非常に弱いアルコールに酢酸エチルを用いてアセチル基を導入する、ラセミ基質のジアステレオマーによる分割を行うなど、カルボン酸側、アルコール側どちらからも用途が考えられる。また著者らは引き続いて同様のコンセプトによる炭酸ジメチルやメチルカーバメートを用いたカーボネート、およびカーバメート合成についても報告している。

2010/12/29

Regioselectivity-Switchable Hydroarylation of Styrenes

Ke Gao and Naohiko Yoshikai*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja108809u

C-H活性化によるアリール基のスチレンへの付加では、ルイス酸存在化によるFriedel-Crafts型のベンジル位への付加と、Heck型の末端への付加がある。前者では電子豊富な基質が通常用いられ、後者ではピリジル基やアミド基などの配向基を利用したものや多置換フルオロベンゼンなどの電子不足型の基質が用いられる。従って、形式的には2つの反応形式が存在するものの、同一の基質から二つの生成物を作り分ける例は少ないのが実状となっている。本報告ではピリジンを配向基とした基質を用いて、触媒を変えることにより二つの生成物を作り分けるという報告だ。

著者らは既にコバルト触媒を用いた内部アルキンに対するアリール基の付加反応を報告しており、本研究はその発展として開始された。実際に以前の系と類似の反応条件で反応を行った所、分岐型の生成物を高い選択性で得た。検討の途中、配位子をホスフィン型からNHC型へと変更した所、直鎖型の生成物選択的に得られることを見出した。


さまざまな基質へと反応を展開した所、電子供与基を有する基質では位置選択性は高いものの、電子供与基を有する基質では選択性の低下が見られ、トリフルオロメチル基を有する基質ではNHC配位子を用いた場合にも分岐型の生成物が主に得られた。一方でスチレン側の一般性検討では触媒による位置選択性の制御がおおむね良好だ。スチレンではなくtert-ブチル基置換のオレフィンではどちらの条件でも直鎖型の生成物が低収率で得られている。またピリジル基以外の配向基として、イミンを用いた例も検討しており、収率は低下するものの同様の条件で位置選択性を制御できることを示している。

重水素化されたピリジルベンゼンを用いた結果により、いずれの条件においてもコバルトのC-H挿入と二重結合への付加は可逆的であることが示された。従って還元的脱離が反応の律速段階であり、配位子による位置制御はこの段階で効いていることが示唆されている。またグリニャール試薬が必要なことからCo(0)が活性種であるとしている。

このような同一の基質からはじまる複数の反応経路を、反応条件を変えることにより制御するのは反応開発の一つの華である。本報告でも配位子の変更により位置選択性が劇的に変わっている点がおもしろい。グリニャール試薬が触媒に対して過剰量必要な点、基質により用いるグリニャール試薬を変える必要がある点などから、反応機構にもう少し絡んでいるような気もするので、さらなる反応機構解析が望まれる。

2010/12/22

Copper-Catalyzed Direct Sulfoximination of Azoles and Polyfluoroarenes under Ambient Conditions

Mitsuru Miyasaka, Koji Hirano, Tetsuya Satoh, Rafal Kowalczyk, Carsten Bolm*, and Masahiro Miura*
Org. Lett., DOI: 10.1021/ol102844q

スルホキシイミンは配位子としてだけでなく、医薬品・農薬への導入も興味を持たれている部分構造である。本報告では、スルホキシイミンと、酸性度の比較的高いヘテロアリールおよびフルオロベンゼンを用いたダイレクトアリーレーションにより炭素-窒素結合を形成している。

2-フェニル-1,3,4-オキサジアゾールを用いて条件検討を行ったところ、酢酸銅(II)を触媒、K3PO4を塩基とし、空気雰囲気下、DMF中、室温にて良好な収率でカップリング体が得られることを見いだした。この種の反応は高温を必要とすることが多いことから、室温で進行する点は本方法論の特長のひとつといえる。また窒素雰囲気下では酢酸銅(II)を量論量用いた場合でもほとんど反応が進行しないことから、空気中の酸素が何らかの作用により反応を加速していることが示唆されている。


最適条件下、各種基質において反応を試みたところ、フェニル基の置換基は電子吸引基、電子供与基いずれの場合も良好な収率で目的物を与えた。また置換機としてアルキル基も許容されている。さらにスルホキシイミン側の一般性としては数は少ないもののジアリール、ジアルキル、アリールアルキルと一通りの置換パターンは示されている。他のヘテロアリール型の基質としてはベンゾオキサゾール、ベンゾチアゾールが示されている他、ペンタフルオロベンゼンやテトラフルオロピリジンなど電子密度を下げた基質では反応が進行する。
スルホキシイミンは硫黄原子に不斉点を導入可能な点が魅力の一つであるが、室温条件で温和に進行する本方法論では不斉収率を損なうことなく、キラルスルホキシイミンを得ている。

2010/12/21

Catalytic Silicon-Mediated Carbon−Carbon Bond-Forming Reactions of Unactivated Amides

Shu Kobayashi*, Hiroshi Kiyohara, and Miyuki Yamaguchi
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja108764d

「シリルエノールエーテルを求核種とする向山型の反応は、非常に信頼性の高い方法論ではあるが、塩基およびケイ素由来の化学量論量の副生成物が生じることから原子効率の観点から望ましいとはいえない。」このくだりは有機分子触媒あるいは金属触媒を用いるいわゆる直接的な反応における背景の枕詞として用いられている。しかしながら、触媒量のケイ素試薬のみで反応が進行する方法論が開発されたなら、事前に求核種を調製することに由来する安定感からは遠ざかることになるが、原子効率の弱みはなくなる。本報告はシリルトリフレートを触媒とし、単純アミドを求核種とした直接的マンニッヒ型反応に関するものだ。

シリルエノールエーテルを用いたアルドール反応やマンニッヒ型反応では反応後には、酸素-ケイ素結合、あるいは窒素-ケイ素結合が形成されるため、触媒量のケイ素にて反応を進行させるにはこういったヘテロ原子-ケイ素結合を切断する必要がある。著者らは恐らくより切断が容易と考えられる窒素-ケイ素結合に注目し、マンニッヒ型反応にて検討を開始することとしたのだろう。アセトフェノンを基質として、触媒量のシリルトリフレートとピリジンを用いてイミン窒素上の活性化基を検討した所、Ts基を用いると触媒回転が起きることがわかった。さらに塩基をトリエチルアミンへと変更し、α位の酸性度が低いアミドを基質とした所、反応が進行し良好な収率でマンニッヒ体を得た。エステルやチオエステルでは反応が進行しないことから、α位の酸性度とカルボニル酸素のルイス塩基性のバランスが重要であることがわかる。最終的には嵩高いTIPSOTfを触媒として5 mol%用いるだけでTsイミンへの付加が定量的に進行した。


基質一般性を検討した所、種々の芳香族イミン、脂肪族イミンへの付加が定量的に進行した。アミドをラクタムへとしたところ、反応性の低下が見られたが共触媒としてCuOTfを添加すると高い収率、ジアステレオ選択性で目的物が得られた。さらに初期的な段階ではあるが、CuOTfにキラルリン配位子を組み合わせることで中程度の不斉誘起も実現している。

本論文の肝は、アミドのケイ素エノラートを経て反応が進行していることであり、著者らもそのことを示すべく様々な実験系を試みている。しかしNMRなどによる直接の観測には至っておらず、反応条件では窒素原子からの押し出しによるイミノエーテル塩を単離するだけである。著者らは、1) 別途調製したアミドエノラートでは反応が進行するが、低ジアステレオ選択性であること、2) イミノエーテル塩では反応が進行しないが、塩基を加えると高ジアステレオ選択的に反応が進行すること、などの実験結果から系中では低濃度のアミドエノラートが生成し、非環状型の遷移状態を経て反応が進行していると主張している。

アミドのエノラートは安定性が低いことが多く、通常C-エノラートとO-エノラートの混合物であると言われていることから、反応機構解析には相当の時間をかけていることが推察されるが、最終的にはかなり説得力のあるデータを提示しているあたり、さすがである。不斉収率の向上にあたってはスルホニル基を調整するのが最短だろうが、キラルケイ素エノラートができたらおもしろそうだ。

2010/12/18

Stereospecific Nickel-Catalyzed Cross-Coupling Reactions of Alkyl Ethers

Buck L. H. Taylor, Elizabeth C. Swift, Joshua D. Waetzig, and Elizabeth R. Jarvo*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja108547u

ベンジル位やカルボニルα位のような活性炭素-ヘテロ原子結合への遷移金属触媒を用いたカップリング反応は、近年G.C.Fuなどがニッケル触媒を用いた触媒的不斉反応を精力的に報告している。Fuらの報告ではラセミの基質からラジカル型の反応機構により進行すると考えられており、原料の立体配置情報は生成物へと転写されない。本報告では、キラルなベンジルエーテルを基質としたニッケル触媒による熊田-玉尾型のカップリングで、立体反転を伴ってグリニャール由来のアルキル基を導入している。

まずラセミのベンジルエーテルを基質として、二座型のリン配位子を中心に検討を行ったところ、rac-BINAPの利用が最適で、基質によってはDPEphosやXantphosの方がよい結果を与えた。本反応では、ベンジル位への挿入の後に競合するβ脱離が最大の副反応となるが、その副生成物を添加剤として添加すると反応が抑制されることがわかった。特にスチレンを20mol%添加した際には2割弱の変換率にとどまっており、触媒へと作用することで反応を阻害していることが示唆される。


見出した条件をもとに、種々のキラルαーエチルベンジルエーテルについて、メチルグリニャール試薬によるメチル化を行っている。反応は完全な立体反転を伴い、良好な収率で、不斉収率を損なうことなく目的物が得られている。エーテル部位としてはメチルエーテルのみならず、ベンジルエーテルも許容されるようだ。また著者らは本反応をジアリールメチルメチルエーテルを基質として、キラルジアリールエタン合成へと適応しており、いくつかの生理活性物質合成を行っている。後者の型の基質ではβ脱離が起こりえないが、収率の面では前者のアルキル置換の基質と同程度である。

本文中でも述べられているが、キラル2級アルコールの合成法はケトンの不斉還元をはじめとした種々の方法論が確立されており、それを原料とできる点は本方法論の強みといえるだろう。一方で論文中ではグリニャール試薬はメチル基のみが用いられており、複雑な分子の構築には不安が残る。またグリニャール試薬を2等量用いる点も弱みの一つであり、これが反応機構からして2等量必須なのか否かを含めた続報での議論が求められるだろう。

参考)
ナフトール塩を用いたクロスカップリング反応

2010/12/08

Facile Dearomatization of Nitrobenzene Derivatives and Other Nitroarenes

Dr. Sunyoung Lee, Dr. Isabelle Chataigner, Prof. Serge R. Piettre
Angew. Chemie Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201005779

その安定性ゆえに芳香族化合物の芳香族性を崩すような反応を行うには、金属触媒などによる活性化を必要とする場合が多い。本報告ではアゾメチンイリドと芳香族二重結合との[3+2]環化反応を金属触媒なしに進行させている。電子不足オレフィンとしてニトロ基で置換された芳香族を用いているのがポイントである。

前述のようにニトロベンゼンを電子不足2π系に用いることにし、反応性が高いと考えられる不安定型のアゾメチンイリドを4π系として反応を試みた。しかしイリドの二量化が見られるのみで望みの環化体は得られなかった。そこでさらなる反応性向上を期待してm-ジニトロベンゼンを2π系として用いている反応を行った。するとイリド2分子とジニトロベンゼンが反応した生成物がよい収率で得られた。この結果から最初の芳香族性を崩す反応には2つのニトロ基による強力な活性化が必要であるが、2回目の反応は速やかに進行したことがわかる。


続いてニトロ基ともう1つ別の電子吸引基を有する基質で反応を行ったところ、エステルのような電子吸引基でも反応が進行することがわかった。さらに1-ニトロナフタレンでも反応は進行し、2-ニトロチオフェンのようなヘテロ芳香族でも生成物を得た。後者の場合には1分子のイリドが付加したのみの生成物が得られている。1-ニトロナフタレンが反応することから、反応にあたってはニトロベンゼンよりも少しだけ反応性が高いだけでよいことが想定される。イリド生成に用いているTFAの役割であるが、ニトロベンゼンが強酸中でも安定であることから、当初の想定通りにイリド生成にのみ作用しているとして、著者らは協奏的、あるいは段階的な機構を提唱している。

ジニトロベンゼンでは使い勝手が悪いだろうが、1-トシルピロールやキノリンNーオキシドなどの複素環を用いた例は、比較的小さい分子中に複数の窒素原子が適度な距離に配置されることになり、おもしろい骨格に感じられる。

2010/11/29

Palladium-Catalyzed Asymmetric Synthesis of Allylic Fluorides

Matthew H. Katcher and Abigail G. Doyle
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja109120n

含フッ素化合物の産業上の有用性から、C-F結合形成反応の研究は盛んに行われてきた。最近では特に温和な条件でフッ素化を行う反応の開発が注目を集めており、Ar-F結合生成がRitterらにより報告されている。彼らの報告は遷移金属錯体を用いた求電子的なフッ素化と位置付けられる。一方で求核的フッ素化の例は少なく、CsFを用いたBuchwaldらAr-F結合生成反応が数少ない成功例である。本報告ではπ-アリルパラジウム中間体への求核的なフッ素化反応を行っており、ハードな求核種フッ素アニオンとソフトな求電子種との反応が温和な条件で進行しているのが特徴だろう。

まずπ-アリルパラジウム錯体を用いた量論的な反応を用いて、適切なフッ素源の探索を行った。アルカリ金属フッ化物のような塩基性の高い試薬ではジエンが生成するのみであり、TBATのような塩基性の低いものを用いると低収率ながら目的のフッ化アリル体が生成した。検討の結果、フッ化銀を用いる条件がジエンの生成を最小限に抑え、目的物を最もよい収率で与えた。そこで触媒量のパラジウムとフッ化銀を用いて、様々なアリル化剤の検討を行ったところ、塩化アリル体がもっともよいことがわかった。これは系中で生成した塩化銀が沈殿することで、炭素-フッ素結合形成を促進しているためと考えられる。さらにこの条件にTrost型配位子を用いることで良好な不斉収率でフッ化アリル体が得られることを見出した。


様々な基質を用いて反応をおこなったところ、エーテル、アミド、エステルなどの置換基を有する基質で高い収率、不斉収率を与えるのを始めとして、通常フッ素アニオンと反応しやすいシリルエーテルを有する基質でも中程度の収率、高い不斉収率で目的物が得られている点は特筆すべきだろう。アリルカーボネートでは反応が進行しないことから、アリル位に塩素原子とカーボネートを有する基質では塩素原子選択的に反応している点もおもしろい。また対照実験により、生成物のフッ化アリルは反応条件での分解やエピマー化は起こさないことを確認している。

反応形式としては珍しいものの、アリル位の脱離基に塩素原子を用いている(これもそこまで珍しくはない)以外は触媒も配位子も一般的であり、これまで発表がなかったのが不思議な感じのする報告であった。

2010/11/24

Pd(II)-Catalyzed Carbonylation of C(sp3)−H Bonds

Eun Jeong Yoo, Masayuki Wasa, and Jin-Quan Yu*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja108754f

遷移金属触媒によるC(sp2)-H結合の活性化反応は近年発展著しいが、C(sp3)-H結合となるとその例は少なくなり、ほとんどがカルボニルα位やベンジル位などに限定されている。本報告でパラジウム触媒によるカルボニルβ位のC(sp3)-H結合のCOによるカルボニル化反応に関するもので、酸性度の高いアミドをカルボニル部位に用いることでスクシンイミドとして単離している。得られたスクシンイミドは容易に1,4-ジカルボニル化合物へと変換が可能となっている。

著者らが他のC-H活性化反応で用いていた酸性度の高いアミドを用いて検討を開始した所、ヘキサン中でCO(1atm)雰囲気下、酢酸パラジウムを触媒とし、酢酸銀を酸化剤として用いた際に低収率ながらカルボニル挿入体が得られた。さらに添加剤の検討を行った所、触媒量のTEMPOを用いると収率が劇的に向上した。最終的には酢酸銀、TEMPOともに量論量用いる条件を最適とした。このTEMPOの役割は不明であるが、著者らはオキソアンモニウム塩がPd(0)からPd(II)への再酸化を効率的に行っている可能性があると推察している。実際、どちらの酸化剤も高い収率には必須であることを対照実験により示している。


基質一般性としては、α位にCH3とCH2がある場合は選択的にCH3が反応するようだ。また保護されたヒドロキシルメチルを有する基質でも高い収率で目的物が得られる他、1-メチル-1-カルボニルシクロプロパンのような基質でもメチルが優先的に反応するため、2環性化合物が得られる。以前の著者らの系ではα位に水素原子を有する基質ではあまり反応性がよくなかったが、本系ではα位が4級炭素以外の脂肪族置換基を有するような基質でも中程度ながら目的物を得ている。得られたスクシンイミドは条件によりジカルボン酸、またはアミドを有したエステルへと変換可能である。後者の基質はエステルをヒドロキシルメチル基へと還元すればさらなるC-H活性化が可能であると考えられる。

反応条件がn-ヘキサンの130度と安全面では気をつける必要があるが、最初に述べたように科学的には非常に珍しい反応であり、例えばピバロイル基の3つのメチル基を全て異なるように官能基化したり、不斉化を行ったりとさらなる発展が考えられる反応だ。著者のJin-Quan Yuは若手ながら現在この分野を引っ張っている一人であり、これからも注目の人だろう。

2010/11/23

Remote Stereoinduction in the Acylation of Fully Substituted Enolates

Stephen N. Greszler, Justin T. Malinowski, and Jeffrey S. Johnson*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja108848d

エノラートのエステルによるαーアシル化反応、Claisen縮合では生成物の活性メチレン部位の脱プロトン化が容易に進行するため、α位に不斉点を導入することが難しい。また逆反応の容易さからα,α-二置換エノラートを用いた4置換炭素構築の試みは困難であるとされている。本報告ではアシル化剤としてβ-ラクトンやラクタムを用いることで、4員環の歪みを利用して逆反応を抑える工夫がなされている。

著者らは既にReformatsky試薬のシリルグリオキシレートへの付加から生じた中間体がBrook転位により亜鉛エノラートへと変換されること、および生じた亜鉛エノラートがケトンと反応することでγ-ラクトンが得られることを報告している。その知見を基にケトンの代わりにβ-ラクタムを用いれば、環の歪みから逆反応が起こらずにアシル化反応が進行すると考えた。実際に検討を行った所、Reformatsky試薬、シリルグリオキシレート、ラクトンの3成分を混ぜることで所望のα位が4置換のエステルが高いジアステレオ選択性で得られた。以前の反応では過剰量のReformatsky試薬がケトンと反応してしまうために、Brook転位による亜鉛エノラートの生成後に段階的なケトンの添加が必要であったが、今回の系ではラクトンの反応性の低さから3成分を混合しても副反応は観測されなかった。β位に不斉点を有するβ-ラクトンは比較的容易に入手可能なことから、高いジアステレオ選択性が得られていることは魅力的だろう。


その他の基質に対しても反応を行ったところ、総じて高いジアステレオ選択性で目的物が得られている。第一段階のシリルグリオキシレートへの付加の変換効率にもよるが、収率が中程度の基質が多いのが気になる点といえる。なおβ-ラクトンの代わりにβ-ラクタムも適応可能であるが、ジアステレオ選択性は出ていない。この選択性発現機構に関しては環状遷移状態の図で著者らは説明しているが、少しわかりにくいように感じられた。生成物のアシル化部位は条件により二つのジアステレオマーへと選択的な還元が可能で、また二つのエステル部位も立体的環境がかなり異なることもあり、一般的な条件で差別化が達成可能となっている。

α,α-二置換エノラートを用いる際にはエノラートの幾何異性の制御が一つのポイントになるが、本反応では亜鉛とのキレートおよび立体的な要因により(E)-エノラートが選択的に生成しているようだ。一番安価で入手容易なブロモ酢酸エチルが2.3当量という点はまだ実用的で、ワンポットで多官能基化された化合物が得られる魅力的反応といえるだろう。

2010/11/22

Kinetic Resolution of Homoaldols via Catalytic Asymmetric Transacetalization

Ilija ori†, Steffen Mller†, and Benjamin List*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja108642s

4級炭素や4置換炭素の構築の立体選択的な構築法の開発は、現代有機化学の課題の一つである。ケトンやケトイミンへの触媒的不斉付加反応は徐々に報告されてきているものの、一つ増炭したホモアルドール体に関しては効率的合成法に乏しい。NHC触媒を用いた反応が最も直接的な合成方法になりえると考えられるが、こちらは未だケトンへの付加は達成されていない。本報告では新規に設計したキラルリン酸触媒を用いて、分子内にアセタール部位を有するrac-ホモアルドールの速度論分割によりキラルホモアルドール体を得るというものだ。アルデヒド由来の生成物だけでなく、ほとんど例のないケトン由来のホモアルドールも得られることがポイントだ。

以前にも紹介したように、Listらはキラルリン酸触媒を用いたトランスアセタール化を報告している。以前の反応に関しては、せっかくキラル化合物を合成しても生成物の有用性が見えにくいとコメントしたが、本報告ではこの反応の基質をホモアルドールへと拡張していることから有用な反応になりうる。ベンズアルデヒド由来のホモアルドールを用いてテトラヒドロフラン環合成を検討したものの、既存のリン酸触媒では十分な選択性では速度論分割が進行しなかった。そこでスピロ構造を有するキラルリン酸触媒を新たに設計し、反応を試みた所生成物の不斉収率が向上した。そこでこの触媒を用いて条件の最適化をおこない、環化体93%ee、未反応体98%eeとどちらも高いeeで速度論分割が進行した。


まずはアルデヒド由来の基質で一般性を検討した所、芳香族置換基のみならずtert-ブチル基のような立体的に嵩高い置換基、さらにはn-ペンチル基のような直鎖型アルキル基でも高い選択性で分割が進行していることは特筆すべき点だろう。リンカー部分に関しては-CH2-CH2-以外にもオレフィンや芳香環などでも環化体のeeがやや低下するものの未反応体に関しては高いeeで得られるようだ。ケトン由来の基質に関してはアリールアルキルケトン類のみならず、こちらもtert-ブチルメチルケトンのようなアルキルアルキルケトン由来のものでも高い選択性で分割が進行している。得られた環化体は条件によりテトラヒドロフラン、開環体、ラクトンなどに変換可能だ。未反応の鎖状体に関しても各種変換が考えられるが、著者らは例としてラクトンへの変換を示している。

速度論分割は半分を捨てることになるので、原料や触媒などの入手性が高い場合などを除くと必ずしも有用な反応ではないが、既存の方法論では合成しにくい骨格が得られるというのは魅力的だろう。特にこのような不斉反応ではアリール置換基が不斉誘起に重要な役割を果たしていることが多く、本反応のようにアルキル置換基でも選択性が低下しない例は珍しいように感じる。不斉還元では原理的に直接的な構築が不可能な4置換炭素構築も、ここ数年で随分と身近になってきた。まだまだ実用性には乏しいものがほとんどであるが、こういった報告例の積み重ねが研究の進展には重要なのだろう。

2010/11/19

Enantioselective Cobalt-Catalyzed Preparation of Trifluoromethyl-Substituted Cyclopropanes

Bill Morandi, Dr. Brian Mariampillai, Prof. Dr. Erick M. Carreira
Angew. Chemie. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201004269

生理活性物質における含フッ素化合物の重要性は改めて述べるまでもない。しかし電気陰性度の高さに起因する含フッ素化合物の特殊な反応性のために新たに条件検討が必要なことも多く、フッ素含有ビルディングブロックの効率的合成法の需要は大きい。本報告はトリフルオロメチル基の置換したキラルシクロプロパン環合成に関するものだ。

著者らは既にFe-ポルフィリン錯体を用いたトリフルオロメチルシクロプロパンの合成を報告している。しかし水中での反応が難しかったため、まずは水中でジアゾアルカンを調製し、それを反応系へ投入する必要があった。ジアゾアルカンの危険性を鑑みると、水中にてジアゾアルカンの調製からシクロプロパン化までがワンポットで行われることが望ましい。そこで条件検討を行った所、コバルト(II)-サレン錯体が良好な不斉収率を与えることがわかったため、配位子、反応温度、添加剤などの検討を行った。Ph3Asを添加剤とし、反応温度を-15度とすることで収率、不斉収率ともに最適化された。なお-15度の反応温度のために溶媒を水から塩化ナトリウム水溶液へと変更している。またジアゾアルカン生成のためのNaNO2は水溶液による定速添加よりもワンポーションによる添加の方がよい結果を与えている点も反応操作の観点から好ましい。


各種スチレン誘導体を用いて反応を行ったところ、電子供与基を有する基質は収率、不斉収率ともによく、電子吸引基を有する基質では多少収率が落ちる傾向にある。いずれの基質も非常に高いトランス選択性で目的物を得ている。また1,1-二置換オレフィンに対しても反応はスムーズに進行し、高い不斉収率で目的物が得られている。

一見して配位子の検討をはじめ相当の苦労をしたと思われる。反応条件として色々な試薬を用いるが、次々と加えていくだけなので反応操作としてはそこまでの煩雑さはないだろう。本文中にも記載がある通り、Jacobsenや香月先生の報告ではサレン上の置換基は電子供与基がよい結果を与えることが多いのに対し、本系ではジクロロ置換のものが最適である点、香月先生のシクロプロパン化ではコバルト(III)がよく、本系ではコバルト(II)が良い点など不思議な点が多い系である。

2010/11/18

Oxidative Cleavage of Alkenes Using an In Situ Generated Iodonium Ion with Oxone

Prem P. Thottumkara and Thottumkara K. Vinod*
Org. Lett., DOI:10.1021/ol1023807

オレフィンを酸化的に開裂しアルコール、アルデヒド、カルボン酸などに導く変換は、例えばオレフィンをアルデヒドの保護基として全合成の一部に用いられるなど頻用される変換の一つである。通常これらの変換にはオゾン分解やオスミウムによるジオール化と続く酸化的開裂によることが多いが、オゾンの爆発性やオスミウムの毒性などの問題から代替手法が望まれている。本反応はオキソンを共酸化剤とした超原子価ヨウ素によるものだ。

上述したように本形式の反応は多くの代替法の開発が進められており、その中にPhIOを用いたものがある。著者らはオキソン存在下での水溶性超原子価ヨウ素の研究を行っており、4-ヨウ化安息香酸とオキソンとの反応により生じる超原子価ヨウ素種が、代替法として報告されている活性種と類似の構造になるのではないかという着想から本研究は開始した。まずはオキソンと4-ヨウ化安息香酸をD2O/CD3CN(3/1)中で反応させたところ、原料が完全に消失することを確認した。そこで1-フェニル-1-シクロヘキセンを基質として反応の検討を開始した。オキソンのみではジオールで反応は停止するものの、4-ヨウ化安息香酸を加えることで酸化的開裂が進行した。アルデヒド段階で反応を制御することが難しかったため、オキソンの当量を増やし、収率よく開裂体を得ることができた。さらに収率を損なうことなく4-ヨウ化安息香酸の当量を5mol%にまで減じることができた。


様々なオレフィンに対して反応を試みたところ、フェニル基と共役した基質では速やかに反応が進行するものの、非共役のオレフィンでは反応が遅いことが明らかとなった。このような基質ではヨウ化物を量論量用いることで反応時間を短縮することが可能である。いくつかの対照実験により、cis-ジオールの方が反応が速やかであること、環状基質のほうが反応が速いこと、オレフィンと対応するジオールではほとんど反応速度に差がないこと、などが明らかとなった。これらの事実より、オキソンによるジオール化は速やかに進行し、その後の開裂が律速であること、開裂段階ではベンジル位によるカチオン安定化作用が反応速度に重要な役割を果たしていることがわかる。

著者らはわざわざ4-ヨウ化安息香酸を触媒として用いているにも関わらず、生成物のカルボン酸との分離が困難な基質があるという多少残念な面もあるものの、多数の対照実験を始めとして丁寧な構成の論文であるという印象を受けた。

2010/11/09

Insights into the Finer Issues of Native Chemical Ligation

Dr. Zhongping Tan, Dr. Shiying Shang, Prof. Samuel J. Danishefsky
Angew. Chemie. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201005513

以前の記事でも書いたように、ペプチドの単純なカップリングにおいては1994年のScienceに報告されたチオエステルと末端システインとの、チオエステル交換と続くS-N-アシル転位によるペプチド結合形成反応は大きなブレイクスルーであった。Danishefskyらは近年、この化学を応用することで脱硫後にバリン、リシン、スレオニン側鎖を導入することに成功している。本報告ではロイシンに相当する側鎖を導入している。

基質合成の際にはシステインを基にロイシンに相当する炭素鎖を導入するため不斉点が生じてくる。著者らは両方の立体の基質を合成し、以前彼らが報告しているフェノールエステルをアシル供与体として反応を試みたところ、一方の立体の方が20倍以上も反応性が高いことが明らかとなった。そこで反応性の高い立体を有する基質を用いてアシル供与体側の一般性を検討した所、側鎖が嵩高くなるにつれて収率が低下する傾向にあり、バリンでは50%、プロリンでは21%となっている。それでも双方とも10残基以上のペプチド同士のカップリングであることを考えると、この結果は立派なものだろう。


前述の立体配置と反応性の違いについて著者らは詳しく考察している。一般的にチオエステル交換ーS-Nアシル転位では最初のチオエステル交換が律速であると考えられているが、今回の基質に関してはチオールの求核性は同じと考えられるため、アシル転位の段階が反応性の違いに寄与していると推察している。彼らは不利な立体ではペプチド鎖と側鎖イソプロピル基の立体反発のために、窒素原子からアシル基への求核攻撃が生じる立体配座をとりにくいとしている(上図赤囲み)。またチオエステル交換の段階に関しても、分子内水素移動を考慮すると同様の立体反発が考えられるということだ。さらに有利な立体を有する基質とシステインを比べた場合には4倍程度の反応性の差しか観測されなかったことから、置換基を有する基質ではThorpe-Ingold様効果によって環化(アシル転位)しやすい可能性があると主張している。

本論文の最後ではヒトエリスロポエチンの95から120残基を、システインおよび今回検討したロイシン様基質を用いて合成している。最初のカップリングでのニ量化などの副反応を抑え、61%収率と高い収率で3つのフラグメントを結合し、脱硫によりEPO(95-120)を合成している。
Danishefskyのこれらの化学は方法論としては目新しくないが、一つ一つをきっちりと仕上げてきている印象を受ける。

2010/11/08

A Selective and Convenient Method for the Synthesis of 2-Phenylaminothiazolines

April L. Bernacki*, Lingyang Zhu, and D. David Hennings
Org. Lett., DOI: 10.1021/ol102428m

チアゾリンは生理活性物質によく見られる部分構造であるだけでなく、不斉配位子として頻繁に使われるオキサゾリンの硫黄類縁体であることから、未だ見出されていない用途も考えられる構造だ。2-アミノチアゾリンの合成法としては2-ヒドロキシエチルチオウレアのヒドロキシル基を何らかの脱離基とし、チオウレアから分子内環化を経るのが一般的だろう。しかし硫黄からの環化による目的物の他に、窒素からの環化に由来するイミダゾリンチオンや硫黄原子が脱離基となって形成されるオキサゾリンなど副生成物が問題となることもある。本報告では、CDIを用いてアシルイミダゾールを脱離基とするチアゾリン合成法であり、上述の副生成物生成を最小限に抑えている。

著者らはチオ-CDIを用いて非対称チオウレアを合成しようとした際に、少量ながらチアゾリンが生成することに気がついた。チオ-CDIがチオウレアからチアゾリンへの変換を促進していることを見出したので、その他の活性化剤を検討した所CDIを用いるとさらに効率的にチアゾリンへの変換がおこることを見出した。その他の試薬、例えばDEADでは既報の通り、窒素からの環化と競合しチアゾリンは20%収率にとどまっている。


バリン以外の他のアミノ酸由来の側鎖では、アラニン、フェニルグリシン由来の基質など良好な収率でチアゾリン誘導体を得ている。一方でヒドロキシル基を2級アルコールとた場合には置換基効果が大きく、単純なアルキル基ではチアゾリンは全く得られず、アリール基置換では窒素からカルボニルイミダゾールへの巻き込みも見られるものの目的物優位に反応が進行した。これはチアゾリン合成における反応点がベンジル位にあたり、置換基による活性化を受けていると考えられる。

本論文を読んで興味を持つのが、チオアミドを基質とした場合には反応が進行するのか否かという点と、もし進行するなら2位に不斉点を有する基質を用いた際のラセミ化の有無だろう。というのもペプチド類縁体としてチアゾリンやオキサゾリンを用いた場合にはしばしば2位のラセミ化が問題となり、光延条件やスルホニルクロライドによる環化ではうまくいかないことがある。Burgess試薬による環化ではラセミ化が少ないと報告されているが、試薬の値段等を考えると、もしCDIで代替できるなら有用な合成法になりうると感じる。

参考)
CDI (Aldrich): 100g, ¥22,200
Burgess reagent: 1g, ¥12,500
Burgess reagent(synlett spotlight): 2000, 559.; 2009, 328.

2010/10/31

Fischer Indole Synthesis with Organozinc Reagents

Benjamin A. Haag, Zhi-Guang Zhang, Prof. Dr. Jin-Shan Li, Prof. Dr. Paul Knochel
Angew. Chemie. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201005319

インドール骨格は様々な天然物や合成医薬品に含まれ、それゆえパラジウムを用いる手法をはじめとして様々な方法論が開発されてきた。それでも実際の合成現場では学部レベルの教科書にも記載のある古典的なFischerインドール合成法が行われていることが多いのが実状だろう。本報告では官能基化された亜鉛試薬とジアゾニウム塩から、古典的なFischerインドール合成法と同等の中間体を経て目的のインドール環合成を行っている。古典的な方法と比べて強酸性条件下での高温を必要せず、官能基許容性の高い方法となっている。

上述のように亜鉛試薬のジアゾニウム塩への付加が平衡を介して、Fischerインドール合成と同様の中間体を与えるだろうという推論のもとに本研究は始まっている。実際に反応を行い、反応後にTMS-Clを添加しマイクロウェーブ条件で加熱する事でインドール体を収率よく得る事ができた。特に言及はないが、この閉環条件を見いだすまでには相当の検討があっただろうことは容易に推測可能だ。1級の亜鉛試薬の場合は位置選択性の問題はないが、sec-Bu基のような2級亜鉛試薬の場合には安定な多置換オレフィン中間体に由来するインドール体が選択的に得られるようだ。


見いだした条件で様々な基質を用いて反応を行った所、ニトロ基、ケトン、エステル、ヨウ化アリールなど反応性の高い様々な官能基存在下でも良好な収率で反応が進行している。これらは例えばグリニャール試薬では共存が難しい官能基群であり、亜鉛試薬を用いている利点といえる。2級亜鉛試薬の例としては対称のシクロアルカンを用いており、良好な収率で目的物を得ている。一方でこれらの基質を用いた事で、共に3置換オレフィンとなるような非対称なアルケンでは位置選択性が出ないのだろうということも推測可能だ。また芳香環上の電子が豊富な基質によってはTMS-Clの添加なしでも閉環するようだ。最後に本手法を用いて著名なNSAIDsであるインドメタシンなどを合成している。

本研究はKnochelらが精力的に進めている多官能基化された亜鉛試薬に関する研究の一環だろう。彼らの化学は他の研究者によっても様々な形で用いられており、本報告もマイクロウェーブを用いて少し使いにくい面もあるが、一つ応用例が増えたということになる。

2010/10/27

Iron-Facilitated Direct Oxidative C−H Transformation to Alkenyl Nitriles

Chong Qin and Ning Jiao*
J. Am. Chem. Soc., DOI:10.1021/ja1070202

酸化剤と遷移金属触媒を用いてアリル位のC-H結合を直接官能基化する方法論は、近年発展が著しい分野だ。本報告ではπ-アリル型の中間体を経てアルケニルニトリルを合成する反応に関するもので、反応を通じて3つのC-H結合が切断されることなる。

著者らはトルエンをベンゾニトリルに変換する反応を報告しており、まずは類似の条件から検討を開始したが、アリルベンゼンを基質とした反応ではまったく生成物が得られなかった。そこで各種触媒、酸化剤を検討した所、塩化鉄(II)を触媒とし、DDQを酸化剤とすることで望みのシンナムニトリルを高い収率で得られる事を見いだした。


アリルベンゼンだけでなく、(E)-プロペニルベンゼン、(Z)-プロペニルベンゼンを基質とした場合にも同じシンナムニトリルが得られる事から、π-アリル中間体を経由していることが示唆された。また重水素化実験などにより、最初のアリル位C-H結合の切断が律速段階であることも明らかとなった。反応の最終物としてニトリルが合成されるため、末端アジド中間体と分岐鎖アジドとの平衡混合物の中で、末端アジドから反応が進行すると考えられている。

各種基質に対して反応を行った所、芳香環と共役したニトリル合成において有効な反応のようだが、これはSET段階での電子供与能によるのだろう。共役した1,3-ジエンだけでなく1,4-ジエンでも同じ生成物を与え、また3置換アルケンが生成するような基質に対しては収率が低めとなっている。

2010/10/26

Rh(II) Carbene-Promoted Activation of the Anomeric C−H Bond of Carbohydrates

Mlissa Boultadakis-Arapinis, Pascale Lemoine, Serge Turcaud, Laurent Micouin, and Thomas Lecourt*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja1054065

糖類は生体内で重要な作用を有することから、主骨格の何れかの炭素を4置換にすることで生理活性などへどのような影響が出るかを調べる事に興味がもたれている。1位炭素を4置換にするにはラクトンへの求核付加と生じたヘミアセタールからグリコシル化することでケトピラノシドを合成する。しかし、4置換炭素となったことでグリコシル供与体の嵩高さから、受容側の大きさによっては反応が進行しにくかったり、通常2位のアシル基を足がかりとして行うグリコシル化の選択性が低下するなどの欠点があった。本論文では異なったアプローチとして、ロジウムカルベノイドによるC-H結合への選択的な挿入を用いたケトピラノシド合成法を報告している。

望みのC-H結合以外にも挿入する可能性など副反応は考えられたものの、ピラノース誘導体を用いてロジウム源の検討を行ったところ、Rh2(OAc)4を用いた場合に収率よく選択的に反応が進行した。3位の保護基としてはPivの他にはTBDMSを用いても良い結果が得られている。得られた知見を基にグリコシル結合を有する基質でも反応を行っている。α-グリコシル体に相当する基質では速やかに反応が進行したものの、β-グリコシル体では他の結合への挿入も起こってしまったことから多少の条件検討が必要だったとのことだ。また挿入により得られたラクタムはアルミニウムアミドの条件でWeinrebアミドへと定量的に開環している。


既存の方法論ではアノマー位の選択性を出す事が難しい場合もあった点を考えると本方法論はその点に関しては申し分ない。一方で反応後の立体反転は難しい印象をうけることから、2位の立体に依存してアノマー位の立体が決まる点が本方法論の特徴でもあり欠点でもある。いずれにせよシンプルな化学であるが着眼点がおもしろい論文だ。

2010/10/21

Palladium-Catalyzed Asymmetric Benzylation of 3-Aryl Oxindoles

Barry M. Trost* and Lara C. Czabaniuk
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja1079755

π-アリルパラジウム種を経るアリル化反応は、炭素/窒素/酸素求核種とさまざまな求核種を用いることが可能で、非常に有用性が高い反応だ。一方で、ベンジル位での同様のη3-中間体を経るベンジル化反応は、中間体が芳香族性を崩すことになるため一般的ではない。それでもいくつかの報告例はあるが、満足のいく収率、不斉不斉収率で反応が進行するものはなかった。本報告は3-アリールオキシインドールを求核種としたパラジウム触媒による不斉ベンジル化反応に関するものだ。

著者らは既に同様の求核種を用いたアリル化反応を報告していることから、触媒系などはそれを踏襲して検討を開始した。(1-ナフチル)メチルアルコールのメチルカーボネートを反応剤としたところ、中程度の不斉収率で目的のナフチルメチル体を得た。濃度、添加剤、溶媒、配位子について検討し、93%収率、86%不斉収率にまで最適化を行った。



各種3-アリールオキシインドールについて反応を行ったところ、3位にo-メチルフェニル基を有する立体的に嵩高い基質では中程度の収率になるものの、総じて高収率、良好な不斉収率で目的物を得ている。一方でベンジル供与体としては、主としてナフチル、インドール、ベンゾフランなど2環性の基質を用いており、芳香属性の崩れた中間体の安定化を狙っているのが特徴だろう。単環性の基質としてはフラン環で反応を行っているが、やはり通常のフェニル基では難しいということなのだろう。

正直な所、π-アリルの化学を拡張した本論文のようなベンジル化の報告例が既にあることも知らなかった。本報告では上手に基質を選んであるという印象を受けるが、中間体の安定化に関してもう一工夫を重ねるともっと色々できそうな気がした。

2010/10/16

Catalytic Acylation of Amines with Aldehydes or Aldoximes

C. Liana Allen, Simge Davulcu, and Jonathan M. J. Williams*
Org. Lett., DOI: 10.1021/ol101978h

カルボン酸、アミン、縮合剤を混合するアミド結合生成法は、信頼性に優れた方法論であり、ペプチドの化学と共に発達したことからラセミ化を抑える工夫なども行われている。しかし分子量の大きな縮合剤を量論量用いることから、大量の廃棄物が生じてしまうという問題も抱えている。そのため触媒を用いるアミド化反応の開発が近年のホットな話題と一つとなっており、例えばアルデヒドからアミナールの酸化を経てアミドを生成する反応や、オキシムから金属触媒を用いて1級アミドを生成する方法などが開発されてきた。本論文でもニッケル触媒存在下、アルデヒド、ヒドロキシルアミン、アミンを混合し加熱することで、オキシムを経て2級、3級アミドを生成するという反応を報告している。

著者らは既に前述したオキシムからの1級アミド生成反応を報告しており、その中間体としてニトリルを想定していた。また金属触媒を用いたニトリルから2級、3級アミドへの変換反応について文献例があったことから、条件検討によってオキシム→ニトリル→2級/3級アミドという反応が可能だと考えた。オキシムを原料としてベンジルアミン存在下、インジウムやルテニウム触媒を用いると1級アミドが生成するのみであったが、塩化ニッケル6水和物を用いると望みのベンジルアミン由来のアミドが選択的に生成した。検討により5 mol%のニッケル触媒、キシレン中155度に加熱する条件を最適とした。


オキシムとアミンについて一般性を検討した所、1級アミンのみならずモルホリンなどの2級アミンを用いても良好な収率で目的物を得ているが、求核性に劣るアニリン誘導体では反応が進行しないようだ。アルデヒド側も脂肪族では良好な収率を示しているが、芳香族アルデヒドでは多少の反応性低下が見られる。また中間体としてニトリルを経ることを想定しているように、ケトオキシムを原料とすると全く反応が進行しない。一定の一般性が得られたので、続いて系中でオキシムを形成させながらアミドを生成させる反応ついて検討を行っており、この場合も前述の検討を同様に幅広い脂肪族アミン、脂肪族/芳香族アルデヒドを用いることが可能なようだ。

反応機構としてはいくつか考えられるが、著者らはラベル化実験により2分子がニッケル触媒に関与する反応機構を提唱している。得られている実験結果が必ずしも本反応機構だけで説明できるとは言えないが、類似の反応機構は他の著者によっても提唱されていることから速報段階での妥当性は高いと考えられる。

触媒の安価さは魅力的であるが、いざ使おうと考えると(即座にオキシム生成まで行くとは思われるものの)、ヒドロキシルアミンを高温に加熱することに安全面での不安を少し感じてしまう。

2010/10/13

Efficient Ring-Closing Metathesis of Alkenyl Bromides

Michele Gatti, Emma Drinkel, Linglin Wu, Ivano Pusterla, Fiona Gaggia, and Reto Dorta*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja108253f

RCMは5~7員環程度の環を形成するのには特に信頼性の高い方法論であるが、基質によっては望みの反応が進行しない場合もある。その一つの例として生成物がハロゲン化ビニルとなるRCMがあり、生成物のその後の有用性を考えると解決すべき課題といえる。本報告ではこのようなブロモアルケンを用いたRCMを基質の置換基を調節することで達成している。

クロロアルケンを用いた反応例は高触媒量であるなどの欠点はあるものの既に存在していたので、著者らはマロン酸エステルから誘導したブロモアルケン-末端アルケンを用いて検討を行った。既存の報告例通り、各種触媒を用いても反応が進行しなかったことから、重ベンゼン中でのNMR実験を行うこととした。


興味深いことに末端アルケンを持たない基質では全く反応が進行しないのに対し、末端アルケンを有する基質ではスチレンの生成と触媒の分解が観測された。すなわち望みの反応が進行するなら、まず末端アルケンとの交差メタセシスが起き、その後ブロモアルケンとの閉環メタセシスが起きることが必要であると考えられた。著者らはブロモアルケンに置換基を導入することで触媒の安定性や反応性を調整できるのではないかと考えて置換基の導入を行った。検討の結果、臭素原子に対してcisにフェニル基を導入することで反応性が大幅に向上し、触媒量2mol%で30分、90%収率にて目的物を得た。


さまざまな基質に対して反応を行ったところ、マロン酸誘導体のみならずTs-アミドやエーテル誘導体を用いても5,6,7員環の臭化ビニル体を高収率にて得た。既存の報告があるようにクロロアルケンを用いた場合の方が反応性は高く、この場合には4置換オレフィンの合成にも成功している。一部の基質を除いて反応濃度も0.1Mであり、十分実用的だろう。反応機構としてはcisの位置にフェニル基を導入したことで、閉環メタセシスの際に触媒の接近を妨げることなく、反応後の触媒が安定なベンジリデンルテニウムとなることが鍵であるようだ。

Copper-Catalyzed Direct Carboxylation of CH Bonds with Carbon Dioxide

Dr. Liang Zhang, Dr. Jianhua Cheng, Dr. Takeshi Ohishi, Prof. Dr. Zhaomin Hou
Angew. Chem. Înt. Ed., DOI: 10.1002/anie.201003995

オキサゾールなど酸性度の高いC-H結合を二酸化炭素によりカルボキシル化するという反応も、本ブログではAu-NHC錯体炭酸セシウム加熱条件に続き、3回目の紹介となる。本報告の特徴はCO2(1atm)で反応が進行すること、および中間体を単離している点になる。

著者らは以前のホウ酸エステルのカルボキシル化で用いたCu-NHC錯体を用いて検討を開始した。ベンゾオキサゾールを基質とした検討により、[Cu(IPr)Cl]/KOtBuを用いたTHF中加熱条件でカルボキシル化が進行することをNMRにより確認したが、塩酸による後処理中に容易に脱炭酸することがわかった。そこでヨウ化アルキルを用いてエステル化の後に単離することとした。他の銅塩、配位子、塩基、溶媒では収率が劣ることがわかり前述の条件を最適とした。


基質一般性としては、置換ベンゾオキサゾールではメチル基置換体では反応が進行するものの、他の置換基としてはハロゲンやアリール基など酸性度を向上させるものに限られており、反応が進行するギリギリの条件であることが伺える。また4位置換体に関しては立体的な要因からか収率が低い傾向にあるようだ。他の複素環として、ベンゾイミダゾールや1,3,4-オキサジアゾールなどでも反応を行っているが低収率にとどまっている。

反応機構としてはCu-NHC錯体によるベンゾオキサゾール銅錯体の生成、カルボキシル化、カルボン酸カリウム塩の生成という一般的な機構を著者らは示し、2つの中間体の単離に成功している。以前紹介したAu-NHC錯体の系でも、CO2がAu上に配位した中間体の単離に成功しているが、Auは直線型2座配位の形式をとるためオキサゾールのヘテロ原子との相互作用は存在しない構造をしていた。一方で今回の系ではCu-NHC錯体を用いているため、単離した中間体はベンゾオキサゾールの窒素原子-銅-カルボキシル基とで5員環を形成している。本文中での言及は特にないものの、より安定と考えられる中間体の生成が活性化エネルギーの減少、常圧での反応進行に至っている可能性は考えられる。

以前紹介した2報は加圧条件(1.4atmなど)で、本報告は1atmであるが基質がかなり限定的であるため同列に扱うわけにはいかない(反応性が高い基質なら以前の報告の条件でも1atmで進行する可能性もある)。それでも本論文に限っては類似の報告との差別化をはかるためには1atmという条件をもっと論文中で強調すべきではないかなと感じた。

2010/10/11

Regioselective Palladium-Catalyzed Arylation of 4-Chloropyrazoles

Carlos Mateos*, Javier Mendiola*, Mercedes Carpintero, and Jos Miguel Mnguez
Org. Lett., DOI: 10.1021/ol1020898

反応条件の最適化検討では、各パラメータに関して1変数を振りながら最適化を行っていくのが普通だろう。しかし条件検討に時間がかかり過ぎてしまい、化合物を迅速に供給する必要がある場合には問題が生じやすい。このような場合に、実験計画法に基づいて複数のパラメータを同時に動かしつつ検討を行うと検討時間を短縮できる可能性がある。本論文でも実験計画法を効率的に用いて素早く条件の最適化を行っている。

著者らはSAR研究の一環として5-アリール-1-メチルピラゾール誘導体を迅速に供給する必要が生じた。1-メチルピラゾールを用いて既存のdirect arylation条件で反応を行った所、反応性はC5>C4>>C3であり、4,5-二置換体もかなりの割合で生成してきてしまった。4位をハロゲン原子でブロックしたうえで反応を行うこととした。4-クロロと4-ブロモの基質で反応を行った所、4-クロロ体の方が反応性が高かったものの3位と5位の選択性が約1:1であった。そこで4-クロロ体を用いて条件検討を行うこととした。


溶媒、塩基、触媒、配位子、添加剤の組み合わせによりC3/C5選択性とC5体の収率を最適化することとした。文献より各要素で用いる条件を抽出したところ、全組合わせは7200通りになった。この条件から実験計画法により48通りの条件に絞り込んで、実験を行い、HPLCによる分析で各反応における収率と位置選択性に関するデータを取得した。得られたデータをJMP(ジャンプ)による統計解析を行った結果、塩基としてBu4NOAcを用いることが最も重要であり、その他の要素に関しては統計的な有意はなかった。こうして得たデータから、収率と選択性に関して、それぞれを最大化するであろう2条件を作成し、反応を行ったところ、収率に関して最適化を行った条件がより優れていると判明した。得られた最適条件を他の基質についても行ったところ、電子吸引基、供与基置換の芳香環はともに収率よく導入可能だが、オルト位置換のものは収率が低下する傾向にある。またピリジン環のようなヘテロ芳香族も導入可能であった。

このような実験計画法を駆使した最適化は、最短で狙った反応を最適化できる可能性を秘めているものの、現実的には本報告のように類似の反応からある程度条件が絞れる場合に効果を発揮する可能性が高い。それでもこれだけ計算機が進んだ時代に、30年前と同じスクリーニング法をしているのも能がないとは思うので、何かしら工夫しながら少しずつ取り入れていく意識改革は必要だろう。個人的にはファイザーのケモインフォマティクス/データマイニングの論文はいつもいいなと感じていて、すぐに何かの役に立つかわからないけれどこういった解析のクセを付けたいなと思っている。実験計画法によるアプローチはアカデミアより企業の方が盛んで、プロセス検討などではよく使われているらしいが、本論文のように探索段階で用いるのは珍しいのではないかなと感じたが実際のところどうなんでしょう。

2010/10/05

A New Palladium Precatalyst Allows for the Suzuki−Miyaura Coupling Reactions of Unstable Boronic Acids

Tom Kinzel, Yong Zhang, and Stephen L. Buchwald*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja1073799

鈴木カップリングが有用な反応であることは改めて述べるまでもないだろう。しかし、通常高温条件が必要となり、ヘテロアリールや多フッ素置換芳香環のような対応するホウ酸が不安定な化合物では分解速度が高いために目的物が収率よく得られないことが多い。このような問題に対しては、1) 安定なホウ素試薬を用いる、2) 分解の起きないような温和な条件でも反応する触媒を用いる、といった方針が考えられる。前者の例として近年最も用いられているのは本ブログでも既に何度か紹介したMIDAボロネート(実際にはホウ酸のスローリリース)ということになる。本論文は後者のアプローチに当たり、高活性なパラジウム触媒について報告している。

検討を重ねた結果、Pdホスフィン錯体がハロゲン化アリールに酸化的付加した触媒前駆体を用いると低温で速やかに反応が進行することを見いだした。Pd(OAc)2 やPd2(dba)3と配位子の組み合わせでは良い結果が得られていないことから、触媒前駆体を使うことの重要性がわかる。しかしながら、初期に見いだした前駆体は調製が困難であり、かつ前駆体由来のアリール基が導入されたカップリング体が少量ながら生成してしまうという欠点があった。そこで調製が容易で、温和な条件で触媒が生成する前駆体の探索を行い、2-アミノビフェニルの利用に至った。この前駆体はアニリン部位の高い酸性度ために、以前の脂肪族アミンよりもより温和に触媒を生成させられることが期待できる。


得られた触媒前駆体を用いて、ジフルオロフェニル、トリフルオロフェニル、2-フリル、2-チエニルなど、不安定と言われるホウ酸を用いて期待通りに短時間で高い収率でカップリング体を得ることに成功している。例えば上で示した例は室温/30分で反応が完結しており、その反応性の高さに驚かされる。

MIDAボロネートはアルドリッチ社から入手できる種類も増えているものの、多少複雑なホウ酸では自ら調製しなければならず面倒だ。そういった場合には、ホウ酸を直接用いることのできる本反応に軍配があがるだろう。どんな場合にも選択肢は複数ある方がよく、既に大方解決されたかに見える課題に対しても違った視点からのアプローチは重要だろう。

2010/10/03

A Straightforward Route to Functionalized trans-Diels−Alder Motifs

Jun Hee Lee, Yandong Zhang, and Samuel J. Danishefsky*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja1073855

環状ジエノフィルとジエンとのDiels-Alder反応では、通常cisに縮環した化合物が得られる。transに縮環した化合物を得たい場合、Diels-Alder型の反応で直接得ることができれば魅力的であるが、現在の所成功例はない。本報告はcis縮環型の化合物を経た後にtrans体へと変換するというもので、シンプルな発想に思われるが、このようなアプローチは今までなかったとのこと。

著者らは既に、cisに縮環した橋頭位にニトロ基を有する化合物で還元条件により立体反転を伴って水素化を行わせることに成功している。この前例には、1) 水素化以外のアルキル化は立体的な要因で進行しなかった、2) ジエノフィルがニトロシクロアルケンに限定的で生成物が官能基化されていない、3) ジエノフィルの反応性が低い、といった問題を抱えていた。そこで今回注目したのはアルミニウム触媒を用いたα-ブロモシクロへキセノンのDiels-Alder反応だ。これによって官能基化されたcis-デカリン構造を効率よく合成することができた。


得られたcis-デカリン体を用いてまずはBu3SnHを用いた水素化を検討した所、望みのtrans体を主生成物として水素化体を得ることができた。そこで続いてアルキル化の検討を行うこととした。検討の結果、リチウムナフタリドを用いて反応性の高いリチウムエノラートを生成させることが重要だと判明した。ヨウ化メチルをメチル化剤とした場合にはtrans/cis比率がよくて3/1程度だったが、Trostが開発したPhSCH2Iをアルキル化剤とし、反応後にRaney Niで脱硫するプロセスを経ることでtrans体の選択性を7/1~>30/1にまで上昇させることに成功している。6-6のデカリン構造だけでなく、5-6の縮環構造でも成功している点が魅力的だ。得られた生成物の2重結合に関しては、オスミウムによる酸化や、スルフィドの酸化後にPummerer型の反応を行うことでさらなる官能基化を実践している。

Raney Niによる脱硫など多少回りくどい面もあるが、共通原料から様々な構造を作り分けるという観点からは興味深い試みだろう。本報告は既存のDiels-Alder反応では直接構築できない骨格を得ているという点では、以前取りあげたシクロブテノンを用いた反応と類似している。Danishefskyの最近の興味がどのような点にあるのかはわからないが、今後の展開を追っていきたい。

2010/09/30

Umpolung Direct Arylation Reactions

James J. Mousseau, Frdric Valle, Melanie M. Lorion, and Andr B. Charette*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja107541w

クロスカップリングの二つの基質のうち一方をC-H結合で代替することで活性化工程にかかる手間や廃棄物を低減させるDirectArylationはしばしば位置選択性が問題となるため、配向基を利用することがよくあると以前にも述べた。そのため、多くのDirectArylationではアリールハライドと配向基を有する芳香環の組み合わせで反応を行うことになる。本報告ではベンゼンなどの特に活性化基を有さない芳香環と、オルト位に配向基を有するアリールハライドとの反応という、通常とは逆の形式の反応について記載している。

著者らは、シンプルな芳香族として過剰量のベンゼンを用いて検討を介している。最適条件においては5 mol%の酢酸パラジウムと0.51当量の炭酸銀を用いて120度に加熱することで良好な収率でフェニル化された目的物を得ることに成功している。配向基としてはルイス塩基性が重要であり、フェニルケトン、ジメチルアミド、エステルなどさまざまなものが利用可能だ。またハロゲンがオルト位以外の位置に存在する場合は20時間で収率が10%以下であり、反応が極めて遅くなるようだ。アレーン側の一般性は意外と高く、オルトキシレンやジメトキシベンゼンのような電子豊富なものから、トリフルオロベンゼンのような電子不足アレーンまで中程度から良好な収率で反応が進行している。


この手の反応においてよく見られるように、本反応でも酢酸アニオンと炭酸アニオンの共存が重要であるようだ。また速度論的同位体効果が見られたことから、C-H活性化の段階が律速段階であるとの知見を得ている。反応機構としては酢酸パラジウムが単純アリールのC-H活性化によりアリールパラジウム種を生成、銀イオンの補助を経て酸化的付加を行い、還元的脱離を行うというパラジウムの2価-4価のメカニズムを著者らは提唱している。

反応としては変わっているものの、利用するとなるとポイントが難しいというのが正直な感想だろう。例えば、上で記したトリフルオロベンゼンのボロン酸は分解が速いことが知られているので、安定なアレーンを基質として良好な収率でカップリング体を与える本反応は鈴木カップリングの代替反応になりえると考えられる。

2010/09/27

Alkene Syn Dihydroxylation with Malonoyl Peroxides

James C. Griffith, Kevin M. Jones, Sylvain Picon, Michael J. Rawling, Benson M. Kariuki, Matthew Campbell, and Nicholas C. O. Tomkinson*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja1066674

オスミウムによるアルケンのジオール化は簡便な操作と高い基質一般性から有機合成において頻用される反応であるが、オスミウムに高い毒性があることなどから代替手法の開発が望まれているといえる。本報告ではマロン酸由来の環状過酸化物を用いて、温和な条件によりアルケンのシスジオール化を達成している。用いている過酸化物は容易に調製可能、ある程度の安定性もあるとのことで有用な試薬であるように感じられる。

金属フリーの酸化反応として、著者らは安定性が高いと考えられるマロン酸由来の過酸に注目して検討を行った。その結果、1.2当量の過酸化物と1当量の水を用い、40度に加熱する最適条件においてエステルの位置異性体混合物を高い収率で与え、加水分解を行うことで目的のジオールと試薬由来のジカルボン酸を得ることに成功した。後者は1工程、高収率で再び過酸化物へと変換することが可能のようだ。様々な基質を用いて反応を行っており、高収率で対応するジオールを得ているが、アルケンとしてはスチレン型のものが多い。また1,2-二置換アルケンを用いた場合にはcis-ジオールを選択的に与えている。


著者らは試薬リンカー部位をシクロプロピルからシクロペンチルまで種々合成しているが、反応性が最も高いものはシクロプロピル置換の試薬であった。X-rayによると5員環部は平面構造を取り、酸素-酸素結合距離はどの試薬もほぼ変わらないものの、二つのカルボニル炭素と、間の炭素との角度(CO-C-CO angle)がシクロプロピルでは大きくなり、試薬の歪みが増し、反応性が増加すると著者らは主張している(少し理解しにくいように感じる)。反応機構は取得した中間体、および酸素ラベルしたH2Oの使用により、オレフィンの酸素への攻撃と、続く分子内巻き込みによる5員環オキソニウム種の生成を想定している。

本反応は空気や湿気に安定で、調製も容易、後処理によって試薬由来の副生成物をを除去可能という操作上の簡便さも魅力的に思える。現在は触媒化に向けた研究を行っているとのこと。シクロプロピル環に不斉点を導入した程度では不斉化は難しいだろうが、不斉化への展開にも期待したい。

2010/09/21

Ni-Catalyzed Reduction of Inert C−O Bonds

Paula lvarez-Bercedo and Ruben Martin*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja106943q

アルキルハライドへの酸化的付加を経て進行するクロスカップリング反応と比べて、DirectArylationでは望みのC-H結合をどのように反応させるかが課題となる。そのため、現状では多くの反応例でペンタフルオロベンゼンのように反応点を1つに絞った基質や1,4-ジメチルベンゼンのように対称性をもつ基質を用いている。反応点を制御する他の方法論として、アルコキシ基やアミド基への配向性を利用して、オルト位選択的に反応させる方法論がある。後者の方法では、位置選択性は望み通りに進行することが多いが、目的物に配向基が不要な場合には問題となる。そこで反応後に除去可能な配向基の利用という研究の流れがあり、すでにカルボン酸などで実現されている。本報告はメトキシ基を除去する反応に関するもので、これによりオルト位の官能基化と続くメトキシ基の除去という流れが可能となる。

著者らはテトラメチルジシロキサン(TMDSO)を還元剤、PCy3を配位子としてニッケル触媒を用いると、ナフチルメチルエーテルの脱メトキシ化が進行することを見いだした。種々の基質に対して検討を行ったところ、傾向としては、1) ナフチルと比べてアニソール型の基質は反応性が低い、2) オルト位にピリジンやオキサゾールなど配向基がある場合の方が反応性が高い、3) 基質によってはベンジルメチルエーテル型も除去可能、4) EtO/MsO/TsO/PivOなどは反応性が劣る、といったものがあげられる。特に上記2)の特性は、chemoselectivityを出す上で有用だろう。著者らは本手法をキニンやエストラジオール誘導体へと適応しており、複雑な構造を有する分子にも適応可能なようだ。


対照実験から生成物に組み込まれる水素原子は還元剤由来であることを確認しており、反応機構としてはニッケルのC-O結合への挿入、Si-Hとのσ結合メタセシス、還元的脱離というものを提唱している。本反応のポイントはやはりケイ素系還元剤を用いたことで、強いケイ素-酸素結合の形成という駆動力を得られる点だろう。また律速段階はニッケルによる挿入段階であると思われる。

先に述べたようにインドールなどのように反応点が予測しやすい場合を除くと、DirectArylationではその性質ゆえに位置選択性の問題がつきまとうことになる。そういう面ではこういった研究の積重ねが実用的反応への歩みを進めることになると考えられる。
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ナフトール塩を用いたクロスカップリング反応

2010/09/13

Selective C-4 Alkylation of Pyridine by Nickel/Lewis Acid Catalysis

Yoshiaki Nakao*, Yuuya Yamada, Natsuko Kashihara, and Tamejiro Hiyama*†
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja106514b

ピリジンの遷移金属によるC-H結合の活性化は、窒素原子の配向性もあって通常2位選択的な官能基化が実現される。これは裏を返すと3位や4位選択的な反応は難しいことを意味する。本報告は嵩高いルイス酸とニッケル触媒の組み合わせにより、4位選択的なアルキル化を実現したというものだ。

著者らはすでに2位選択的なピリジンの官能基化には成功している。金属が窒素に配位しながら2位を官能基化するような系とは異なり、著者らの系はピリジン窒素の選択的活性化とはニッケル-アレーン様錯体を経て、ピリジン2位の官能基化を実現していることから、条件を調節することで3位や4位選択的な官能基化が可能なのではないかと考えたようだ。検討の結果、嵩高いアルミニウムルイス酸としてMAD、またニッケル上の配位子も嵩高いNHC型のものを用いることで、ピリジンとアルケンによる4位選択的アルキル化が進行することを見いだした。基質によってはニッケルの挿入段階に由来する直鎖/分岐鎖型の生成物の比が異なるものの、多くの基質で直鎖アルキル体選択的に生成物を得ている。この反応は様々なアルケンに適応可能で、ピリジン上の2位や3位に置換基を有していても望みの反応が進行している。キノリンのように共役系の範囲が伸びているものでも窒素原子のパラ位選択的にアルキル化が進行しているのは興味深い。


d5-ピリジンを用いた反応機構解析から、ニッケル-ピリジン錯体からのC-H官能基化はC4位が速度論的には有利であるものの、C2、C3でも起こりうることが明らかとなった。しかし、その後のアルキル基の挿入段階/還元的脱離段階が後者では立体的要因などから進行しないとことからC4位体のみが得られてくるようだ。また山本尚先生の研究ではMADは触媒的に用いるのには難しい印象を受けるが、著者らはMAD/ピリジン/生成物間における混合NMR実験により平衡を確認しており、MADの触媒サイクル機構が妥当であるとしている。

ピリジン環の2位以外の官能基化は、選択肢が少ないのが現状なので、このような反応の開発は素直に嬉しい。反応機構からの仮説により嵩高い触媒の利用を想起し、それを形としてまとめあげた本研究は美しいと言えるだろう。結論部にも記されているが、今後の動向として3位選択的な反応が実現すればさらに有用性が増すのは間違いない。

2010/09/11

Pyridine Activation via Copper(I)-Catalyzed Annulation toward Indolizines

Jos Barluenga*, Giacomo Lonzi, Lorena Riesgo, Luis A. Lpez, and Miguel Toms*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja106751t

多環式複素環化合物は医薬、農薬、材料など各種分野で用いられる骨格であり、なかでもイミダゾピリジンやインドリジンなど橋頭位に窒素原子を有する化合物は魅力的である。本報告ではジアゾ酢酸と銅触媒から生成した銅カルベノイド種とピリジン誘導体との[3+2]型環化反応によりインドリジン誘導体を合成する反応に関するものだ。

まず触媒量の臭化銅(I)存在下、ビニルジアゾ酢酸エチルとピリジンとの反応を行ってみた所、34%ながら目的とするインドリジンが得られた。ある種のインドリジン誘導体は不安定で、シリカゲルにより分解することが知られているため、生成物の安定化を考えてイソプロピレンジアゾ酢酸エステルとの反応を試みた所、メチル基置換体が90%の収率で得られた。また遷移金属カルベノイドとしては一般的なRh2(OAc)4の利用ではまったく反応が進行しないとのことだ。


各種基質を用いて反応を行ったところ、ジアゾ酢酸エチル側の置換基はβ位、γ位、置換基なしの順に収率が低下する傾向にあることがわかった。またピリジン上の置換基は電子吸引基はよいものの、メトキシ基やジメチルアミノ基のような電子供与基では複雑な反応混合物を与えてしまうとのこと。3位置換ピリジンの位置選択性は気になる点だが、3-ニトロピリジンや3-シアノピリジンなどでは置換基のパラ位から巻き込むのに対し、3-メチルピリジンでは置換基のオルト位から巻き込んでいる。ハロゲン置換でも低いながらも後者の選択性を示しており、電子的な要因や金属との配位能をはじめ複数の要素が影響していると思われる。

著者らは反応機構として以下のようなものを提唱している。すなわち、1) ジアゾ酢酸と銅触媒から銅カルベノイド種が生成、2) カルベノイドへのピリジン窒素からの1,4-付加、3) 生じた中間体からピリジン環への巻き込みが起こり銅(III)メタラサイクルの生成、4) 還元的脱離による銅(I)-π中間体の生成と酸化的芳香族化を経て目的物の生成と触媒の再生が起こる、というサイクルだ。さらに計算により1) ピリジン付加の段階が律速である、2)還元的脱離後に生じる中間体は速度論的/熱力学的に安定なものである、 という2つの結論を得ている。

副生成物にもよるが、著者らの主張ではピリジンによる付加が律速であることと、電子供与基置換の基質ではよい結果を得られていないことに違和感を感じる。また生成物の不安定性から仕方がない部分もあるが、収率が低い基質では結局置換基の性質によって反応性が低いのか、生成物が不安定なのかがわかりにくいのも気になる点だろう。

2010/09/07

Acetoacetanilides as Masked Isocyanates

Ying Wei, Jing Liu, Shaoxia Lin, Hongqian Ding, Fushun Liang*, and Baozhong Zhao
Org. Lett., DOI: 10.1021/ol101474f

ウレア構造は農薬や医薬品に頻繁に用いられる構造であり、ホスゲン(トリホスゲン)やイソシアネートとアミンを混合することで合成することが多い。本報告ではアセチルアセトアニリド構造から系中でアリールイソシアネートを生成させることでアミンとのウレア結合形成を行うというものだ。

本反応の発端は、著者らが研究していた、1,1-ジアシルシクロプロパンのアミンによる開環反応を検討していた所、予想していなかったウレア体が生成したことによる。そこで様々な基質を試した結果、1) β-ケトアニリド構造が必要、2) アニリド窒素上に水素原子が必要、ということが判明した。また反応条件を検討した所キシレン中で120℃に加熱することで高収率でウレア体が得られることがわかった。

基質一般性の検討を行った所、アニリド部位は電子供与基、吸引基ともに高収率でウレア体を与え、2-ピリジルのようなヘテロ芳香族でも問題なく進行している。一方でベンジルアミド誘導体では反応が進行していない。アミンとしてはピペリジン、モルホリンのような環状2級アミン、ジエチルアミンのような鎖状2級アミン、ベンジルアミンやアニリンのような1級アミンでも良好な収率で反応が進行している。唯一アンモニア(酢酸アンモニウム)を用いた場合には無反応に終わっている。また他の求核種としてアルコールやチオールを用いた場合にも反応は進行していない。


現段階では他の反応機構の可能性も考えられるが、β-ケト構造とアニリド上の水素が必要という事実から著者らは、アミンによるイミニウムイオンの形成、続いてエナミンが脱離しつつイソシアネートが生成するメカニズムを提唱している。脱離したエナミンは再びアセトンとアミンに戻り、生じたアミンがイソシアネートを捕捉することになる。

役に立つかどうかは疑問だが、混ぜて加熱するだけのお手軽反応であるし、おもしろい反応性を示していることは確かだろう。上述したように、もう少し反応機構を詰めるとさらなる展開が見えてくるかもしれない。個人的には脱水剤の併用、カルボニル炭素のラベル化、NMR実験などに興味があるところだ。

2010/09/06

N-Heterocyclic Carbene-Catalyzed Conjugate Additions of Alcohols

Eric M. Phillips, Matthias Riedrich and Karl A. Scheidt*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja1061196

α,β-不飽和カルボニル化合物へのオキシマイケル反応は、原料のオリゴマー化やレトロマイケル反応などが起こりやすいことから、難しい反応の一つだ。本報告ではブレンステッド塩基としてNHC触媒、添加剤としてLiClを用いることでこの反応を実現している。

反応条件の検討に当たり、市販のIMes-HClを触媒として塩基の検討から開始したところ、nBuLiを塩基としてカルベンを発生させた場合が最も収率がよいことが明らかとなった。添加剤として12-crown-4を加えたところ収率が低下したことから、Li源としてLiClを積極的に加えたところ収率が格段に向上した。そこで本条件を用いて基質一般性の検討を行うこととした。

アルコールの一般性としては脂肪族1級アルコール、2級アルコールともに良好な収率で1,4-付加体を与えることがわかった。Boc-セリン-tBuのような官能基を有するアルコールも収率よく目的物を与えるものの、ジアステレオ選択性はほぼ1:1にとどまっている。マイケルアクセプター側の一般性としては、アリールケトン以外にアルキルケトンやエステルに対しても適応可能だ。非常に自己重合を起こしやすいメチルビニルケトンに対しても中程度の収率ながら目的物を得ているのが特筆すべき点だろう。またβ位に芳香族が置換した基質では目的物が得られないとのことだ。アルキニルケトンとの反応ではE選択的に目的物を得ることに成功している。


NHC触媒自身も1,4-付加する可能性はあるものの、著者らはNHC触媒はブレンステッド塩基としてアルコキシド生成に関与している反応機構を提唱している。LiClはルイス酸としてエノンの活性化に働いている他、マイケル付加により生じたエノラートの安定化に寄与していると考えているようだ。また交差実験により、本反応条件においてはレトロマイケル反応は起こっていないことも確かめている。温度を70度まで上昇させると、レトロ反応が観測されることから、本反応条件の温和さが示されていると言える。

なおキラルNHC触媒を用いた本反応の不斉化については、分子内反応において11%eeを得るにとどまっており、有意な不斉収率ではあるものの、まだまだ改良が必要のようだ。

2010/08/30

Catalyst-Controlled Wacker-Type Oxidation of Protected Allylic Amines

Brian W. Michel, Jessica R. McCombs, Andrea Winkler, Matthew S. Sigman Prof. Dr.
Angew. Chemie. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201004156

Wacker酸化はPd触媒を用いて末端アルケンからメチルケトンを合成する反応として取りあげられるが、アリル位にヘテロ原子を有する基質の場合、反応の位置選択性が低下し、アルデヒドとメチルケトンの混合物を与えることが知られている。Feringaらはフタルイミド保護されたアリルアミン誘導体ではアルデヒド選択的に、oNs保護された誘導体ではメチルケトン選択的に与える反応を報告している。本報告ではアリルアミンの保護基によらず触媒制御によりメチルケトンを選択的に与える反応に関するものだ。

著者らはすでにPd触媒とTBHPを用いて、保護されたアリルアルコールのWacker酸化においてメチルケトンを優先的に与える触媒を報告している。多少の条件改良の後に、前述のFeringaらの例ではアルデヒド選択的に与えたフタルイミド誘導体を用いた場合にも、著者らの触媒系ではケトンを優先的に与えることがわかった。他の基質にも適応した所、ホモアリルアミン誘導体や、Cbz、Boc、Tsなど他の保護基を用いたアリルアミン誘導体においても良好な収率、高いケトン選択性で生成物を与えることがわかった。キラルアリルアミン誘導体を用いた場合も、不斉収率の低下なしにケトンを得ている。当然ではあるが、得られたα-アミノケトンはキレーション制御、またはFelkin-Anh型の還元によりジアステレオ選択的な還元が可能だ。


Sharplessの反応が非常に信頼をおける理由の一つでもあるが、たとえ好ましくない型の基質であっても、触媒制御で反応を進行させられるようなパワフルな触媒を開発することは、触媒開発を行っている研究者の理想の一つだろう。また合成屋の観点からもこういった触媒制御による反応例が蓄積されていくことは好ましく、例えば合成スキームの一場面にあって、所望の反応を進めるために保護基の着脱などを行うなどということが避けられる可能性が増すことにつながるだろう。

2010/08/28

Controlled and Chemoselective Reduction of Secondary Amides

Guillaume Pelletier, William S. Bechara and Andr B. Charette*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja105194s

アミドカルボニル基の低反応性については、既に本ブログでもいくつか取りあげており(例えばWeinrebアミドの還元によるアミン合成Tf2Oを用いたアミドの2重アルキル化)、エステルとは異なり合成中間体として用いるには使いにくいということを述べた。本論文はこのようなアミドに関する報告で、2級アミドの還元を適切に条件を変えることで、イミン/アルデヒド/アミンと作り分けるというものだ。

著者らは既に3級アミドをTf2OとHantzschエステルとの組み合わせにより、温和な条件でアミンへと還元できることを報告している。この流れで2級アミドについて、Tf2Oによるアミドの活性化を調べることとしたのだろう。前述の条件を2級アミドについて試した所、イミンと還元体のアミンの比率が約1:1だったため、より弱い還元剤を用いることでイミンを選択的に得ることができるだろうと考えた。ジヒドロピリジン系還元剤よりも反応性が低いとされているシラン系還元剤を検討した所、トリエチルシランを用いた場合にイミン選択的に生成物を得た。さらに反応系を塩基性添加剤を用いて系中の酸性を和らげることで収率が向上することを見いだし、最終的には2-フルオロピリジンが添加剤として最適であると判明した。また反応溶液を塩基性条件で後処理することでイミンが、クエン酸バッファーで後処理することでアルデヒドが得られるような工夫も行っている。


本条件をさまざまな基質に対して適応した所、アミドよりもはるかに還元されやすいアルデヒドやアジドなどを有する基質に対しても高い収率で目的のイミンやアルデヒドを得ているのが驚きだ。α位に不斉点を有するアミドに対しても、若干のeeの低下がみられるもののラセミ化は非常に遅いという結果を得ている。興味深いことに、著者らはイミン形成後にHantzschエステルを添加することで、イミニウムイオンが選択的に還元されアミンが得られることも示している。これによって2級アミドから適切に条件を選択することでイミン/アルデヒド/アミンとを作り分けられることになる。

共通の原料から、条件を変えることで異なった生成物が得られる反応は、多品種少量合成を行うことの多いラボスケールでの研究には魅力的だ。またこのような反応の開発には、各工程における反応機構の詳細な解析が必要なことも多く、素反応の理解を深めることにも繋がるだろう。こういう論文を読むたびに、まだこんなモノが残っていたんだなあと感動するこのごろ。多くの場合、学部教科書がネタ探しによいというのは真なのでしょう。

2010/08/26

CCl3CN: A Crucial Promoter of mCPBA-Mediated Direct Ether Oxidation

Shin Kamijo, Shoko Matsumura and Masayuki Inoue*
Org. Lett., DOI: 10.1021/ol1018079

カルボニル基はグリニャール反応や、アルドール反応によるα位の官能基化など、各種変換に有用であるが、その反応性の高さゆえに合成途中では保護基を用いる必要がある場合も多い。保護基として頻用されるのはアセタールであるが、酸性条件に弱いことから、合成途中でたびたび問題となる。もし還元体アルコールのエーテル体がカルボニル基の保護基として用いることができれば、安定性は問題なく非常に魅力的だ。本論文ではmCPBAを用いてこのような変換を実現している。

著者らはシクロドデシルメチルエーテルを基質として条件検討を行った。アセトリトリル中ではほぼ原料回収だったのに対し、2当量のトリクロロアセトニトリルを添加すると収率が劇的に向上した。なぜトリクロロアセトニトリルを用いたかの記載はないものの、クロロホルム溶媒でも10%弱の目的物が得られていること、およびmCPBAは通常ジクロロメタンなどのハロゲン系溶媒を用いること、などがヒントとなった可能性はあるだろう。結局、添加剤を溶媒量にまで増量し混合溶媒系とすることで最適条件としている。本反応は、1) ラジカル捕捉剤により反応が妨げられること、2) ラジカル開始剤を添加剤とした場合も低収率ながら反応が進行すること、からラジカル機構を取っていることが示唆される。著者らはmCPBAのトリクロロアセトニトリルへの付加、続く酸素ー酸素結合の開裂によるラジカルの生成という反応機構を示している。



基質一般性としては、メチルエーテルだけでなく様々なエーテルに適応可能であり、アセトキシ基など他の官能基存在下でもアルキルエーテル選択的に酸化が進んでいる。気になる点は用いられている基質が環状ケトンのみであること、および大員環やカルボニル基が比較的込み入った基質が多いことだろう。mCPBAを過剰に用いているものの、シクロヘキサンジオール誘導体を用いた場合には、ケトンが生成した後にBaeyer-Villiger反応も進行してしまっていることからも、2つの反応の制御が難しい可能性も考えられる。

いずれにせよ、反応条件を変えることで頻用されている試薬の新たな反応性を見いだしたという点で興味深い論文といえるだろう。

2010/08/25

Aryl(sulfonyl)amino Group

Yuzo Kato, Dinh Hoang Yen, Yasuhiro Fukudome, Takeshi Hata and Hirokazu Urabe*
Org. Lett., DOI:10.1021/ol101541p

求核置換反応の脱離基を考えた場合に、酸素官能基と比べると窒素官能基の存在感は薄い。これはそもそも脱離能が低いといった理由に加え、本論文の導入部にも記載されているように窒素官能基そのものを求核置換反応により導入していることが多いこともあるだろう。それでも窒素官能基を足がかりに他の官能基を導入した後に、窒素部位を変換したいこともあるだろう。本論文は、そういった場合に使用できうる、窒素官能基を脱離基とした分子内求核置換反応に関する報告だ。

著者らは電子吸引性から想定される脱離能と官能基の安定性を考えて、N-アリール-N-スルホニルアミド、すなわちアニリンのスルホンアミド誘導体を脱離基として用いることとした。検討の結果、DMF中、無機塩基存在下に150度に加熱することで望みの環化体が得られることを見いだした。求核部位としてはスルホンアミド、フェノール、カルボン酸、さらにマロノニトリルやビススルホンなどの活性メチレン化合物を用いることが可能となっている。反応はアニリン部位もo-ニトロフェニルを用いて電子吸引性を向上させた方が反応が円滑に進行するものの、窒素の保護基として用いられやすいPMPを用いても反応は進行するようだ。



着眼点はなかなかおもしろく、例えばo-アニシジンのメトキシ基を起点としてなんらかの変換を行った後に、アニリンのTs化、続いて置換反応を行うというのは考えられなくもない。一方でスルホンアミドからの利用は一度アリール化を経ることを考えると使いにくいように思える。理想的には外部ルイス酸などを添加してでも、一つの置換基のみで脱離させたいところ。その際には電子吸引性だけを上げても、ジニトロベンゼンスルホニル基のように窒素から外れやすいだけになってしまいかねないので、バランスが難しそうではある。

Room-Temperature Alternative to the Arbuzov Reaction

Sean M. A. Kedrowski and Dennis A. Dougherty*
Org. Lett., DOI: 10.1021/ol1015493

ホスホン酸誘導体はHorner-Emmons試薬として用いられる他にも、興味深い生理活性を有することから薬理学的興味も大きい分子群だ。ホスホン酸誘導体の合成法としては、Arbuzov反応によりアルキルハライドから調製するのが一般的である。しかし、Arbuzov反応は通常高温条件を必要とすることから熱安定性に問題のある基質には適応できず、またアリール置換のものは求核置換反応を原理的に起こし得ないことから合成できない(これらは遷移金属を用いた反応で合成する)。本反応は、アシル-Arbuzov反応によりアシルホスホン酸を合成し、そのカルボニル基をWolff-Kishner還元により除去することでホスホン酸誘導体を得るという報告だ。

著者らは、1) アシル-Arbuzov反応は温和な条件で進行すること、2) α-ホスホノヒドラジンは安定に単離できたこと、という知見からWolff-Kishner還元の利用を考えるに至ったようだ。通常のWolff-Kishner還元は塩基性条件下高温が必要であることから、Arbuzov反応の欠点である高温という要素を克服できないように思える。しかし、隣接する電子吸引基のために中間体ヒドラゾンの反応性が上昇しているため、低温でも反応が進行するのではないかと著者らは考えた。各種条件を検討し、カルボン酸からの4段階を精製することなく進行させる実験手順を見いだすに至った。基質一般性としては、カルボン酸のα位に置換基が存在すると、立体的な嵩高さからヒドラゾン形成時に脱水ではなくジエチルホスファイトの脱離が進行しやすくなるため、収率が減少することがわかった。



4工程で70%の収率(各工程90%以上に相当)を出す基質も存在するものの、基質適応範囲が限定され、総じて収率も低めである。そのためコンセプトとしては目新しいものの、実用性の面ではまだまだ低いと言わざるを得ず、今後の改善に期待したい。話は変わるが、Caltechには条件検討用ロボットがあることが論文中に記載されており、大学にこういった設備があるのはさすがだなと思った。

2010/08/22

Palladium-Catalyzed β Arylation of Carboxylic Esters

Alice Renaudat, Ludivine Jean-Gérard Dr., Rodolphe Jazzar Dr., Christos E. Kefalidis Dr., Eric Clot Dr., Olivier Baudoin Prof. Dr.
Angew. Chem. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201003544

遷移金属触媒によるカルボニル官能基周辺へのsp2炭素の導入は、単純なアニオンーカチオンの化学では難しい変換を可能とする重要な反応だ。本反応はエステルのβ位のアリール化という珍しい形式で、さらに初期的な段階ではあるものの不斉誘起にも成功している。

アリールパラジウム種の挿入という観点でカルボニル基を利用するには、カルボニル基とのキレートを利用したβ位のC-H結合の活性化も考えられるが、著者らはまだ例のなかったパラジウムエノラートを用いた反応機構でのβ-アリール化を目指した。検討を開始した所、リチウムエノラートとパラジウム触媒の組み合わせにより、アリール基の置換様式依存的にβ体が優先的に取れることが判明した。そこで、オルト位にハロゲン、CF3基、アルコキシ基などを有する基質や2位複素環などの静電的効果を持つ基質を用いて反応をおこなっている。多くの場合反応は短時間、β選択的に進行している。また生成物のラセミ化がないことを確認した上で、不斉誘起も行っている。最大54%eeと初期的な段階ではあるものの、今後の展開に期待だ。



対照実験として、α位に水素原子のないエノラート化しない基質では反応が進行しないこと、重水素化実験によりβ位の水素がα位へと完全に移ることなどを確認している。その他、計算によりα体よりもβ体のほうが速度論的にも熱力学的にも好ましいことを示している。またα無置換の基質では反応が進行しないことは、反応の進行に影響を与える因子の複雑さを示唆しているだろう。

本反応のようなβ-アリール体を得るには、ロジウム触媒などを用いた1,4-付加の利用が考えられる。現状では不斉プロトン化に関してはそこまで報告例があるわけではないので、本報告のα位置換基にさらに多様性を持たせられれば十分に差別化が図れるだろう。
このようなβ-アリール化は著者らによればα-アリール化の副生成物として一部報告されていたとのことで、それが本反応開発をはじめる動機付けとなったのだろう。繰り返し作業の少ない知能労働において、いかに再現性高く新しい試みを始められるかは、多くの人が興味をもつところだろう。そのためには、人が新しい研究を始めるに至った思考過程を辿ることが有用だろう(それが本当かどうかは別として)と個人的には考えている。

2010/08/17

Rhodium-Catalyzed Oxidative C−H Arylation of 2-Arylpyridine Derivatives

Qi Shuai, Luo Yang, Xiangyu Guo, Olivier Basl and Chao-Jun Li*
J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja105396b

クロスカップリング反応はその有用性からノーベル賞の声も高い有用な反応であるが、副生成物として基質調製に由来する当量の金属塩が生成してしまうことが、環境調和性が望まれる近年の化学においては一つの問題である。発展著しいC-H活性化反応を経る、いわゆるdirect arylationはクロスカップリングの基質のうち一方を事前調整不要な単純アレーンで代用する反応で、そのため副生成物の量が減ることとなる。これをさらに進めた酸化的カップリングでは両基質とも事前調整が不要な理想的な反応であるものの、量論量の酸化剤由来の副生成物に加え、反応の位置選択性に関して問題があった。本報告は、アリールアルデヒドを基質とする脱カルボニル型カップリングを行うことで、位置選択性の問題を克服しつつ量論量の金属塩も生成しないというものだ。カルボン酸の脱カルボキシル化を経るクロスカップリングは既に知られており、それをアルデヒドへと拡張しつつ酸化的カップリングに適応したものとも考えられる。

著者らは2-フェニルピリジンと4-アニスアルデヒドの反応をモデルとして条件検討を行い、(CO)2Rh(acac)を触媒、TBP(tert-butyl peroxide)を酸化剤としてクロロベンゼン中で加熱する条件が最適であることを見いだした。アルデヒドに加えて、ピリジンを配向基としているために、反応はすべての基質において望みの位置で進行している。論文中では極力触れられないように記述してあるが、本反応の問題は現在の条件では過剰反応としてピリジン窒素を起点として2つの芳香環が挿入してしまう生成物がかなりの量取れてきてしまっている点だ。多くの場合、約1:1の比であるため望みのビアリールの実際の収率は40-50%程にとどまっている。



酸化的カップリングの位置選択性の問題に着目した点はよいので、今後はさらなる条件検討により上述の過剰反応を防ぐことが求められる。またC-H活性化の化学ではピリジン窒素を用いる場合が多いけれど、生成物の汎用性を考えると、もう少し使いやすい官能基を配向基にした方が有用性は向上する。系が変わってしまうけれど、当量を抑えつつ嵩高いアミドなどを配向基として用いれば、2つ目の反応を抑えられるかもと思った。

2010/08/16

An Efficient Oxidation of Primary Azides Catalyzed by Copper Iodide

Manjunath Lamani, Kandikere Ramaiah Prabhu Dr.
Angew. Chem. Int. Ed., DOI: 10.1002/anie.201002635

ニトリル基はカルボン酸を始めとする各種官能基に変換可能であり、ニトリル基の新規合成法の開発は有用性が高い。本報告はアルキルアジドの酸化によりニトリルを得る反応に関するものだ。既にアジドをニトリルへと変換する方法はいくつか報告されているが、本報告は一般性や反応条件の温和さなどに特徴を有している。

著者らは各種酸化剤と触媒の検討を行い、水を溶媒として用い、TBHPを酸化剤、ヨウ化銅(I)を触媒とすることでベンジルアジドのベンゾニトリルへの変換が高収率で進行することを見いだした。最適条件を各種基質に適応した所、オレフィンやケトン、エステルなどの官能基共存化でも選択的に反応は進行した。またベンジルアジド以外に直鎖型のアルキルアジドでも良好な収率で対応するニトリルを得ることに成功している。本条件を2級アジドへと適応した場合は、途中で生じるイミンが加水分解されて生じると思われるケトンが得られている。α-アジドエステルを基質とした場合にもα-ケトエステルが得られており、酸化条件下においても炭素-炭素結合の開裂が見られていないことは本反応条件の温和さを示していると言えるだろう。



反応機構に関しては、1)反応系中で窒素が生成していること、2)ラジカル機構を取っていないこと、の2点を実験により確認しているが、それ以上の言及はない。

一般にアルキルアジドはアルキルハライドなどの脱離基とのSn2反応で合成することが多い。本反応で得られたニトリルは、原料のアルキルハライドを1炭素減炭した化合物からシアニドイオンを用いて得たニトリルに相当する。このため、原料の入手性や合成容易さなどからこれらの反応が使い分けられたら便利だろう。

2010/08/09

A Direct Entry to Substituted N-Methoxyamines from N-Methoxyamides via N-Oxyiminium Ions

Kenji Shirokane, Yusuke Kurosaki, Takaaki Sato,* and Noritaka Chida*
Angew. Chem. Int. Ed. early view
DOI: 10.1002/anie.201001127

通常アミドは各種カルボン酸誘導体のなかで最もカルボニル基での反応性が低いことから、官能基変換には扱いにくい。その点Weinrebアミドやモルホリンアミドは金属求核種の付加の後に安定なキレート構造を形成し、加水分解によりケトン(アルデヒド)を与えることから有機合成に頻用される。しかしアミドでありながら元々有する窒素原子を活かした含窒素化合物の合成には用いることができない点は問題ともいえる。本報告は、Weinreb型のキレート構造の開裂を窒素部位ではなく、カルボニル由来の酸素部位で行うことでイミニウムイオンを形成、さらなる求核種との反応によりアミン誘導体の合成を行うというものだ。

アミドからアルキル基を導入しつつアミンを合成する方法は各種報告されており、いずれも酸素原子を修飾することで脱離能を上げるていることがポイントとなっている。本報告ではルイス酸の利用によりWeinreb型環状キレート構造を開裂させて、イミニウム中間体が形成されることを想定している。通常のプロトン酸による後処理工程では、キレート構造の開裂によりアミンが生成するわけで、これを無水条件でルイス酸を使用したらどうなるかと考えるに至った点がポイントだろう。



DIBAL-Hによる還元の後に、各種ルイス酸と求核種を検討した所、Sc(OTf)3をルイス酸、アリルトリブチルスズを求核種とすると良好な収率で目的のN-メトキシアミン誘導体が得られることを見いだした。求核種としてはケイ素種も利用可能であり、例えばTMS-CNを用いることも可能だ。この際には自身のルイス酸性によっても反応は進行するものの、やはりルイス酸として塩化スズ(IV)を用いた方が収率は向上する。いずれにせよ、中間体イミニウムカチオンの高い反応性ゆえに、ケイ素やスズなどの他の官能基との共存性が比較的高いものを求核種として用いているのは良い点に感じられる。また著者らは15員環アミドを用いた例や、分子内アリルシラン部位を求核種としたものを実施している。前者は大員環合成の際に、N-アルキル化よりも各種縮合剤を利用したアミド化の方が進行しやすいことから、魅力的な例だと言えるだろう。

欲を言えば、N-メトキシアミンのままでは使用しにくいので、N-O結合の開裂やニトロンへの変換など何かしらの合成化学上の有用性を示す例が欲しいところだ。また容易に想像可能な1つ目の還元をアルキル化剤へと変更することに関しては、既に検討中とのことで続報を期待したい。

2010/08/07

Catalytic Asymmetric Claisen Rearrangement of Unactivated Allyl Vinyl Ethers

Maryll E. Geherty, Robert D. Dura and Scott G. Nelson*
J. Am. Chem. Soc., Article ASAP
DOI: 10.1021/ja1039314

Claisen転位は立体的に嵩高い部位への炭素鎖導入も可能な有用な反応であり、様々な変法も含め研究の裾野は広い。本報告は不斉ルテニウム触媒を用いたClaisen型反応に関するもので、シグマトロピー転位の協奏的機構の見方を変えることで望みの反応を実現させることに成功している。

著者らはClaisen転位基質のO-アリルビニルエーテルをアリルエーテル誘導体とみなすことで、アリル位置換反応の利用を想起するに至った。すなわち適切な触媒によるアリル位での炭素ー酸素結合挿入反応と、結果として生じたエノラート種のアリル位への求核攻撃が実現すれば形式的にはClaisen転位体が生成すると考えた。この際に問題となりうるのはエノラートの求核部位としてアリル基の1位と3位が考えられ、この位置選択性の克服が課題となりえた。そこで分岐型アリル位置換体を優先的に与えると知られていたルテニウム(II)錯体を用いて検討を開始した。

種々検討を行った所、ビニルエーテルの脱離能の低さからルテニウム触媒単体では挿入反応が難しいことが判明した。エーテル酸素と相互作用しうる添加剤の検討を行い、ホウ素系ルイス酸の添加が良好な結果を与えることを見いだした。さらに本反応は生成物阻害が見られたため、ルテニウムへの配位子となるアセトニトリルも添加することで不斉収率に影響を与えることなく、収率の改善を実現した。恐らく配位子に関しても詳細な検討がなされていると思われるが、本文中での言及は少ない。実験によりアルコールによる水素結合が不斉誘起に重要であることが示されている。



望みの[3,3]転位体はベンジル位での結合生成となるため、3位芳香族置換基が位置選択性に影響を与えることは容易に想像できる。実際、電子供与基置換の方が3位選択性が高い傾向にある。またアルキル置換体では[1,3]転位体のみが得られるようだ。生成物置換基の相対配置は原料の二重結合の幾何異性に依存することもいくつかの実験により確かめられている。

素人目には分岐型アリル位置換反応を考えた場合には、まずイリジウム触媒を試すと思うのだけれど、色々検討した結果ルテニウムになったのだろうか気になるところ。

2010/08/05

Chemoselective Peptidomimetic Ligation Using Thioacid Peptides and Aziridine Templates

Naila Assem, Aditya Natarajan and Andrei K. Yudin*
J. Am. Chem. Soc., Article ASAP
DOI: 10.1021/ja104488d

ペプチド化合物が生体内で重要な役割を果たしていることはあらためて述べるまでもない。そのため非天然型アミノ酸を導入したり、α位を4級にするなど構造の一部を化学的に変換することで新たな機能を有する分子を生み出そうという試みが活発に行われている。その一例として、ペプチド結合の一部を還元し2級アミンとしたものがあげられる。この構造はプロテアーゼ阻害剤の構造によく見られると同時に、生理的pHによりアミンがプロトン化され水素結合供与体となることから通常のペプチドとは異なる構造を取ることが知られており興味深い部分構造である。本報告は、このような還元型擬ペプチド構造の合成法に関するものだ。

著者のYudinらはこれまでもアジリジンアルデヒドの特徴的な反応性を活かした化学を展開しており、本論文ではそこにペプチドの化学でよく用いられる硫黄から窒素へのアシル基の移動を絡めたことになる。C末端のチオカルボン酸がアジリジンを求核的に開環することで、システインによるS-アシル体と類似の中間体を実現可能だと考えたのだろう。実際に反応を行った所、アジリジン開環は末端選択的におき、アシル基の転位は5員環を経由して望みのシステイン相当の擬ペプチド体が得られた。また生成物側鎖のチオール基はアジリジン開環には関与しないようだ。



実際に様々なペプチドとアジリジンを用いてカップリングを行っており、一例を除きラセミ化は進行しないようだ。またペプチドのカップリングでは官能基選択的な結合形成が望ましく、一例ではあるがC末端フリーのアジリジンを用いても良好な収率で目的物を得ているのはすばらしい。Raney Niの利用により硫黄原子を除去することで、システイン以外にもアラニンやフェニルアラニンに相当する生成物も合成している。

Direct Arylationに多大な貢献をしたFagnouが若くして亡くなった今、Yudinはカナダ期待の星だと言えるだろう。今後も彼の化学には要注目である。

2010/07/31

Cyclobutenone as a Highly Reactive Dienophile: Expanding Upon Diels−Alder Paradigms

Xiaohua Li and Samuel J. Danishefsky*
J. Am. Chem. Soc., Article ASAP
DOI: 10.1021/ja1056888

反応性向上を期待して環の歪みを利用するという方法は色々な所で用いられており、例えば近年ではSnapperの縮環シクロブテンの化学やBertozziのgem-ジフルオロシクロオクチンを用いた銅触媒フリーの環化などで利用されている。本報告ではシクロブテノンをジエノフィルとしたDiels-Alder反応に関するものだ。

学部の教科書では加熱により容易に進行するかのように描かれているDiels-Alder反応であるが、分子間の純粋に熱的な条件では2つの電子吸引基を有するジエノフィルと環状ジエンとの反応など基質が活性化されている場合でないとかなりの高温を必要とする場合が多い。特にシクロペンテノンやシクロへキセノンなど環状エノンはルイス酸による活性化を経ずにはほとんどDiels-Alder反応は進行しないとのこと。著者らは無置換シクロブテノンに着目し、この歪んだ構造ゆえに高い反応性が期待できるのではないかと考えた。なお著者らは今回シクロブテノンの改良合成法も併せて開発したが、濃縮状態では容易に重合化が進行するためクロロホルム溶液として調製し、反応に用いることにしたとのことだ。

実際に様々なジエンに対する反応を行ってみた所、endo付加体優先的に、低温から45度程度の温和な加熱条件で環化反応が進行することを見いだした。この際、やや反応性の低いジエンを用いる場合には収率向上のために塩化亜鉛による活性化が必要なようだ。シクロブテノンの反応性は、本文中では電子吸引基を2つ有するマレイン酸無水物とほぼ同等と述べられており、歪みによる反応性の底上げが実感できる(注釈によれば計算による解釈を現在行っているとのこと)。



得られた生成物はシクロブタノン骨格を有しており、さらなる変換が可能だ。論文では環拡大反応を行い、シクロペンタノン、γーラクトン、γーラクタムへと変換している。これらをDiels-Alder反応により直接得るためにはジエノフィルとしてブテノライドなどの反応性の低い基質を用いなければならない。そのため、本変換を含む2段階の反応は反応性の低い基質を用いた熱的なDiels-Alder反応の簡便な代替法として実用性が高そうだ。

基質によっては環拡大の際に橋頭位に原子が挿入されるとは限らないようで、検討開始時点で彼らの求めていたような反応に仕上がっているのかは不明であるが、今後の全合成への応用も含めて続報を待ちたいところ。

2010/07/29

Asymmetric Suzuki Cross-Couplings of Activated Secondary Alkyl Electrophiles

Pamela M. Lundin and Gregory C. Fu*
J. Am. Chem. Soc., Article ASAP
DOI: 10.1021/ja105148g

本論文はここ1,2年でG.C.Fuが精力的に進めているrac-α-ハロカルボニル化合物を基質とした触媒的不斉カップリング反応に関する報告だ。これまでケトンを基質として根岸、檜山、熊田等のクロスカップリング反応や、金属種としてジルコニウム試薬を使用する反応など様々な例を報告している。今回はインドリルアミドをエステル等価基質とした、アリールホウ素との鈴木カップリング反応を行っている。生成物のインドリルアミドは酸化条件によって、インドールアミドへと変換可能で、生成物のさらなる変換が可能である。

著者らは今までの報告と同様にニッケルを触媒として検討を行っている。以前の報告でも配位子はBOX型とジアミン型と使い分けているように思われるが、今回はジアミン型の配位子を用いている。i-BuOHをプロトン源として用いていることが、収率、不斉収率向上に重要なようだが、作用に関する言及はない。アミド部位はWeinrebアミドや他のアルキルアミド、またエステルなどでも検討しているが収率、不斉収率ともに満足のいく結果を得ていない。



基質としては、αアルキル基はi-Buなどの大きめの置換基からTBS保護されたアルコールを有するものまで幅広く検討されており、収率はどれも良好だが、これら大きめの置換基では多少の不斉収率の低下が見られている。ホウ素上のアリール基も電子吸引基、供与基置換のもの共に非常に高い不斉収率で反応が進行している。また本反応はα位が臭素置換のものでも、塩素置換のものとほぼ同等の結果を得ている。インドリルアミドはかって福山先生が全合成の一コマに用いたこともあることからわかるように、温和な条件で脱離能の高いインドールアミドへと変換可能で、本報告ではこれを加水分解してカルボン酸へと導いている。

これまでの報告と同様にラセミの基質を用いても、単一のエナンチオマーが得られていることから、以前の系でも示唆されているように本反応でもニッケルがラジカルパスを経由して酸化的付加をおこなっていることが示唆される。本論文での新しい知見は、反応の終結前に残存する原料の光学純度を測定した所、低い効率ではあるものの速度論分割が起きていることがわかった点だ。いくつかの対照実験から、酸化的付加前の触媒の基質認識能にわずかながら差があることが示唆されている。臭素置換の基質では酸化的付加のしやすさからか、このような速度論分割が観測されていないこともこの仮説を支持しているだろう。

先日のHoveydaのJACSラッシュもそうだけれど、論文をよほど精査していないと一連の流れを掴みにくい時代になったものです。HighlightやMiniReviewのような記事の需要はますます増えていくんでしょう。

2010/07/26

Carbon Dioxide as the C1 Source for Direct C−H Functionalization of Aromatic Heterocycles

Oleg Vechorkin, Nathalie Hirt and Xile Hu*
Org. Lett., Article ASAP
DOI: 10.1021/ol101450u

以前にAu-NHC錯体によってオキサゾールなどの複素環をCO2を用いてカルボン酸とするという反応を紹介した。本報告では基質はベンゾチアゾールなどのより酸性度の高いものに限られるけれども、炭酸セシウムという塩基のみを用いてCO2との反応によりカルボン酸を得るという反応に関するものだ。

著者らはベンゾチアゾールのC2プロトンのpKaは27(DMSO)なので、LiOtBuなどの塩基で脱プロトン化が可能(tBuOH, pKa=29.4, DMSO)と考え検討を開始した。実際にCO2雰囲気下、DMF中にて反応を行わせることで、LiOtBuだけでなく炭酸セシウムを塩基とした場合にもベンゾチアゾールのカルボキシル化が定量的に進行した。著者らはより温和な条件を好み、その後の検討では炭酸セシウムを用いることとした。また反応条件は125度という高温条件であり、生成物の脱炭酸などの分解反応も5時間で20%ほど進行するとのことで、今後の検討では系中でメチルエステルに変換している。




基質としては冒頭で述べたように複素環の酸性度が肝であり、電子吸引基置換のものが多いのが気になる点だが、置換ベンゾチアゾール/ベンゾオキサゾールに関しては良好な収率で得ている。その他の複素環としては、5-アリールオキサゾールや2-アリールオキサジアゾールも適用可能なようだ。後者の場合、アリール基はメトキシのような電子供与基置換でも良好な収率で反応は進行する。またチアジアゾールを基質とした場合には開環反応が進行してしまうとのこと。

基質一般性などで見劣りするのは否めないが、それは塩基性によるものが大きい。例えばAu-NHC錯体の系で基質としていたチアゾールのpKaは29.4(DMSO)であり、やはり活性化なしに炭酸塩で脱プロトン化するのは厳しいということになるだろう。この反応もLiOtBuを塩基としてもう一度基質一般性を検討すれば、もう少し広い範囲で反応が進行するかもしれないと感じた。

2010/07/24

Facile, Efficient, and Catalyst-Free Electrophilic Aminoalkoxylation of Olefins

Ling Zhou, Chong Kiat Tan, Jing Zhou and Ying-Yeung Yeung*
10.1021/ja104168q

複数の結合を一挙に構築するカスケード(タンデム)型の反応は、単工程で複雑な分子群を得るにあたり魅力的だ。また多成分がワンポットで次々と反応し、生成物を与える反応では単純な原料を用いて複雑な分子を一挙に得られうるが、考えられる多数の反応経路から望みの反応を起こさせるには、反応系の適切な設計と反応条件の検討が必要なことが多い。本論文ではオレフィン、環状エーテル、スルホンアミド、臭素化剤を用いてアルコキシアミドを得る反応を報告している。

著者らはオレフィンと臭素化剤から生じたブロモニウムイオンが環状エーテルにより補足可能だと考え、この際に生じた反応性の高いオキソニウムカチオンを系中に存在する求核種が攻撃することにより多成分型反応が実現可能という着想を得た。NBSを臭素化剤、THFを環状エーテル、求核種として窒素求核剤を用いて検討を開始した所、アルキルアミンやアニリンといった比較的求核性の高い試薬では目的物はほとんど得られなかった。ベンゼンスルホンアミドを用いた場合には収率は78%にまで上昇し、芳香環状の置換基の電子効果を調製し4-Ns-スルホンアミドとすることで最適条件を得た。本文に記載はないものの、低い求核性を有する窒素求核種の方が高い収率で成績体を与えているのは、ブロモニウムイオンへの反応が環状エーテルと窒素求核種との間で競争的だからだろう。また結果論ではあるが、Ns基を用いることで光延反応によるさらなる反応や、チオールを用いた除去など既存の化学が使用可能となるのは大きい。



オレフィンの一般性としては環状オレフィンばかりでなく鎖状型のオレフィン、内部/末端に限らず幅広く用いることが可能のようだ。多置換オレフィンとの反応では、トランス体のMarkovnikov型の生成物が得られている。環状エーテルも5員環に限らずエチレンオキシド、オキセタン、テトラヒドロピランといった他のサイズや、ジオキサンのようなものも用いることが可能となっている。生成物は分子内にさらなる変換の足がかりとなるアルキル臭素原子を有しており、著者らは一つの可能性としてNs基を起点とした閉環反応によりモルホリン合成を行っている。また論文の最後では窒素以外の求核種として酢酸や安息香酸などのカルボン酸を酸素求核種として用いた初期検討の結果を示しており、収率はまだまだ低いもののさらなる可能性を感じさせるデータだ。

実は本論文のToCを最初に見た時は、環状エーテルが3員環エポキシドであったこともあり、アミンがエポキシドへ求核攻撃し、立ち上がったアルコキシドがブロモニウムイオンへと反応する形式の報告だと思った。環状ポリエーテルの生合成カスケードのような反応を分子間で行っているのだと思ったのだ。上述したように、この環状エーテルは色々な大きさの環が使用可能である。どの程度のサイズまで使用可能かは酸素原子の不対電子が張り出た方向と、生じたオキソニウムイオンをSn2形式で開環できるような配座を取りうるかにかかっているだろう。もしもっと大きな環状エーテルを利用できれば、その後の変換ではこれまで10員環以上の大員環を閉環してきた実績のあるNs基であるから、生成物の閉環には6員環のモルホリン以上の大きさも合成可能ではないかなあと感じた。

2010/07/22

A New Combined Source of “CN” from N,N-Dimethylformamide and Ammonia

Jinho Kim and Sukbok Chang*
10.1021/ja104917t

ニトリル基は種々の官能基に変換可能であり合成化学的に有用性が高い。ベンゾニトリル誘導体の合成では、アニリン窒素などを起点としたSandmeyer反応やハロゲンを足がかりとする芳香族求核置換反応やカップリング反応、最近ではC-H活性化を経るカップリング反応などによりニトリル基を導入するのが通例だ。この際のニトリル基は金属シアニドやアセトンシアノヒドリンに由来するものがほとんどだ。本報告は、ベンゾニトリル誘導体の合成に際し、ニトリル源をDMFとアンモニアから生成させるというものだ。

本研究の発端は、2−ピリジルアレンを基質としてアンモニアを窒素源とした芳香族アミノ化反応を検討していた際にDMF溶媒中で反応を行っていた所、望みのアニリン誘導体ではなくベンゾニトリル誘導体が得られてきたことから始まった。反応条件としては酸素雰囲気下、DMFを溶媒として触媒量の酢酸パラジウム、量論量の臭化銅(II)を用いる条件が最適と判明した。さらに条件を検討した所以下の事実が明らかとなった。すなわち、1)銅塩は量論量必要、2)酸素が必要、3)ニトリルの窒素はアンモニアに由来、4)ニトリルの炭素はDMFのN-メチル基に由来、という事実が明らかとなり、これにより詳細は不明なものの反応機構としては銅と酸素による一電子酸化を経ることが示唆された。またパラジウムの挿入段階で速度論的同位体効果が観測されている。



本条件の一般性としては配向基はピリジンまたはピリミジンと6員環窒素に限定されており、さらに芳香環上の置換基に電子吸引基が入ると収率が下がることから、一般性はさほど高くない。注目すべきは、ラベル化されたアンモニアとDMFを用いることでニトリルの炭素、窒素ともにラベル化された生成物を合成することに成功している点だろう。彼らによればこのようなニトリル合成の初の例ということだ。

詳細なメカニズムが不明であり、系中で生じるシアニドがCuCNなのかHCNなのかもよくわからないが、いずれにせよ同位体効果が見られていることからシアニド発生までは早いと考えられる。通常NaCNなどのシアニド含有化合物は法的にも安全性の面からも取り扱いが厄介であるので、本反応のような手法が芳香族シアノ化以外でも利用可能なら便利かもしれない。

2010/07/17

Stereoselective Synthesis of Tertiary Ethers through Geometric Control of Highly Substituted Oxocarbenium Ions

Lei Liu, Paul E. Floreancig, Prof. Dr. *
10.1002/anie.201002281

炭素と水素の大きさを区別するのは容易だが、炭素鎖と炭素鎖の大きさを区別するのは難しい。これがアルデヒドへの付加と比べてケトンへの付加において立体選択性を出すのが難しい要因だ。同様にオキソカルベニウムイオン中間体も1,1-二置換体となると幾何異性の制御が難しくなり、結果として得られるエーテルの選択性低下につながる。本報告ではこのような1,1-二置換オキソカルベニウムイオンの幾何配向について調べ、分子内環化反応により立体選択的な3級エーテル合成へと応用している。

研究の発端は著者らの実験において、通常はE-体のオキソカルベニウムイオンを取るはずのモノ置換体が、置換基がアルキニル基の場合には、約1:1の割合に由来する生成物を得たことに起因する。このことから二置換のイオン中間においてもアルキニル基を有する基質ならば幾何異性の制御が可能なのではないかと考えたようだ。



DDQにより生成させたカルベニウムイオン中間体を分子内で6員環遷移状態を経て補足するような基質をデザインして、実際の検討を行った。メチル基と比べると、アルキニル基はより小さい置換基にあたり、アルケニル基やアリール基はより大きい置換基にあたることがわかった。またオキソニウム根本の立体配置は生成物の立体配置に無関係であることが、想定通りの中間体としてオキソカルベニウムイオンが生成していることを示唆している。他に著者らは、モノ置換オキソニウムに対する求核側のリンカーの立体配置との関係も検討している。さらに条件は多少異なり、収率も不満が残るが、分子間反応への可能性についても初期的な知見を得ている。

本報告の結果は、著者らの全合成研究の結果から得たものだと思われ、彼らの興味はこれを複雑な分子の合成へと応用することにあるようだ。しかし反応開発という側面から見ると、この中間体を酸化条件に耐える炭素求核種などで分子間で補足できれば魅力的な反応になりそうに思える。また山本尚先生の嵩高いアルミニウム錯体によるアセタールの選択的開環など、オキソニウムの試薬による制御はよく研究されているので、本報告で見られたような選択性が逆転するような酸化剤や反応条件を見いだせたらおもしろい。