J. Am. Chem. Soc., DOI: 10.1021/ja108764d
「シリルエノールエーテルを求核種とする向山型の反応は、非常に信頼性の高い方法論ではあるが、塩基およびケイ素由来の化学量論量の副生成物が生じることから原子効率の観点から望ましいとはいえない。」このくだりは有機分子触媒あるいは金属触媒を用いるいわゆる直接的な反応における背景の枕詞として用いられている。しかしながら、触媒量のケイ素試薬のみで反応が進行する方法論が開発されたなら、事前に求核種を調製することに由来する安定感からは遠ざかることになるが、原子効率の弱みはなくなる。本報告はシリルトリフレートを触媒とし、単純アミドを求核種とした直接的マンニッヒ型反応に関するものだ。
シリルエノールエーテルを用いたアルドール反応やマンニッヒ型反応では反応後には、酸素-ケイ素結合、あるいは窒素-ケイ素結合が形成されるため、触媒量のケイ素にて反応を進行させるにはこういったヘテロ原子-ケイ素結合を切断する必要がある。著者らは恐らくより切断が容易と考えられる窒素-ケイ素結合に注目し、マンニッヒ型反応にて検討を開始することとしたのだろう。アセトフェノンを基質として、触媒量のシリルトリフレートとピリジンを用いてイミン窒素上の活性化基を検討した所、Ts基を用いると触媒回転が起きることがわかった。さらに塩基をトリエチルアミンへと変更し、α位の酸性度が低いアミドを基質とした所、反応が進行し良好な収率でマンニッヒ体を得た。エステルやチオエステルでは反応が進行しないことから、α位の酸性度とカルボニル酸素のルイス塩基性のバランスが重要であることがわかる。最終的には嵩高いTIPSOTfを触媒として5 mol%用いるだけでTsイミンへの付加が定量的に進行した。

基質一般性を検討した所、種々の芳香族イミン、脂肪族イミンへの付加が定量的に進行した。アミドをラクタムへとしたところ、反応性の低下が見られたが共触媒としてCuOTfを添加すると高い収率、ジアステレオ選択性で目的物が得られた。さらに初期的な段階ではあるが、CuOTfにキラルリン配位子を組み合わせることで中程度の不斉誘起も実現している。
本論文の肝は、アミドのケイ素エノラートを経て反応が進行していることであり、著者らもそのことを示すべく様々な実験系を試みている。しかしNMRなどによる直接の観測には至っておらず、反応条件では窒素原子からの押し出しによるイミノエーテル塩を単離するだけである。著者らは、1) 別途調製したアミドエノラートでは反応が進行するが、低ジアステレオ選択性であること、2) イミノエーテル塩では反応が進行しないが、塩基を加えると高ジアステレオ選択的に反応が進行すること、などの実験結果から系中では低濃度のアミドエノラートが生成し、非環状型の遷移状態を経て反応が進行していると主張している。
アミドのエノラートは安定性が低いことが多く、通常C-エノラートとO-エノラートの混合物であると言われていることから、反応機構解析には相当の時間をかけていることが推察されるが、最終的にはかなり説得力のあるデータを提示しているあたり、さすがである。不斉収率の向上にあたってはスルホニル基を調整するのが最短だろうが、キラルケイ素エノラートができたらおもしろそうだ。